「ストレス社会」と言われる現代において、ストレスは避けられないものです。仕事をする上でストレスにさらされる機会も多く、心身ともに健康に働くためにはストレスへの対処が不可欠となっています。
そんな中、企業が従業員のメンタル面をケアするための手法として注目を集めているのが、コーピングです。この記事ではコーピングの概要から、企業においてコーピングを導入する際のポイントまで解説します。従業員の健康増進サポートに取り組もうと考えている担当者の方は、ぜひ参考にしてください。

コーピングとは?
コーピングはメンタルヘルス用語で、ストレスを感じた時に生じるストレス反応への対処法のことです。英語では、対処を意味する「coping」と表記します。
人間はストレスにさらされたとき、何らかの反応を起こします。過度なストレスは頭痛や苛立ち、暴飲暴食などの望ましくない反応を引き起こすことがほとんどです。しかし、ストレスに上手く対処できれば、気力を向上させるなどプラスに影響することもあります。
ストレスによる望ましくない反応を回避したり、ストレス要因の解決や負担の減少を目的として行う対処法のことを、コーピングと言います。ストレスに上手く対処し、パフォーマンスを高めるための方法と言い換えることもできるでしょう。
適応機制(防衛機制)との違い
コーピングと同じように、人間がストレス反応に対処する能力として「適応機制(防衛機制)」があります。これはストレスや自分にとって不都合な事態から心身を守るために、無意識のうちに緊張や不安を和らげようとする働きのことを指します。
コーピングも適応機制も、ストレスへの対処法という点では同じですが、無意識か・意識的かという点が異なります。適応機制は無意識のうちに自らを防衛する本能的な反応であるのに対し、コーピングは意識してストレスを管理しようとする能動的な対処です。
コーピングが注目される背景
コーピングは従業員の健康増進をサポートする手段として、多くの企業から注目を集めています。その背景には、仕事に対してストレスを抱えている人が多いという現状と、「健康経営」という考え方があります。
仕事に対してのストレス
引用:職場におけるメンタルヘルス対策の状況|厚生労働省
厚生労働省が発表した「労働安全衛生調査(実態調査)」の報告書によると、「仕事や職業生活に関する強い不安、悩み、ストレスを感じる」という労働者の割合は54.2%でした。この結果から、仕事に対してストレスや悩みを抱えている人は、全体の半数以上いることがわかります。
働く上でのストレスは、仕事に対する責任感や人間関係、賃金・待遇などへの不満といったものが考えられます。こうしたストレスが強くかかっている状態は、従業員の健康面に悪影響を及ぼしかねません。仕事のパフォーマンスも低下してしまうでしょう。
健康経営とは?
健康経営とは、従業員が健康で快適に働ける環境づくりを企業の経営戦略として捉え、健康増進につながる取り組みを積極的に行っていくことです。
この考え方の根本には、「従業員が健康で快適に働ける環境をつくり、高いパフォーマンスを発揮してもらうことで、企業の生産性向上を目指す」という目的があります。また、健康経営への取り組みが優良な企業は、経済産業省から「健康経営優良法人(ホワイト500、ブライト500)」や「健康経営銘柄」の認定を受けることができ、企業イメージの向上にもつながります。
少子高齢化に伴う労働力不足や、増加する社会保険料問題への対策として、企業が取り組むべきであり注目を集めているのが、健康経営なのです。
こうした現状の中で、企業から従業員に対するメンタルヘルスケアの一環として取り入れる企業が増えてきているのが、コーピングです。ストレスへの対処法を習得させることは、生産性の向上にもつながるでしょう。
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ストレスが発生する仕組み3ステップ
では、そもそもストレスとはどのように発生するものなのでしょうか。その仕組みを紐解いていきましょう。
①ストレッサー:外部からの刺激を受ける
ストレッサーとは外部からの刺激や圧力で、ストレスの原因になる要素のことです。主に生理的ストレッサー、物理・化学的ストレッサー、心理・社会的ストレッサーの3つに分類され、ストレッサーに対して起こる本能的な防衛反応が、ストレスとなります。
生理的ストレッサー
生理的ストレッサーとは、生理的・身体的状況の変化による刺激のことです。体調の変化や痛みなどが該当します。
例:体調不良、怪我、睡眠不足、空腹、過労など
物理・化学的ストレッサー
物理・化学的ストレッサーとは、物理的な環境刺激や、化学物質による刺激のことです。目・喉・鼻・皮膚などへの刺激が該当します。
例:気温、天候、騒音、光、におい、味、有害物質など
心理的ストレッサー
心理的ストレッサーは感情を伴うもので、時間、課題、身体的脅威、自我の脅威などに細分化することができ細分化することができます。たとえば「空腹を感じていることによる苛立ち」といったように、他のストレッサーと密接にかかわっていることもあります。
社会的ストレッサー
社会的ストレッサーとは、社会生活を営む上で生じるさまざまなストレス要因のことです。特に職場で強く表れやすいのが、社会的ストレッサーだと言われています。
例:仕事に対する不安、人間関係トラブル、恐怖、怒り、緊張、抑うつなど
なお、日常生活で感じるストレスの多くは、心理的ストレッサーと社会的ストレッサーであることが多いようです。
②認知:ストレッサーに対して判断・処理を行う
「認知」とは、ストレッサーの刺激を把握し、ストレスを感じたと自覚することです。人間は、外部からの刺激に対してすぐに頭痛や苛立ちなどの反応が始まるわけではありません。ストレッサーを受けたら、まずは頭の中や行動で判断し、処理を行います。
外部からの刺激を受けた時に、それが「自分にとって有害なものかどうか」を判定し対処を検討することを、認知的評価と言います。認知的評価には、一次的認知評価と二次的認知評価の二段階があります。
★一次的認知評価
一段階目は、ストレッサーが有害であるかどうかを判断する一次的認知評価です。この段階でストレッサーを「自分とは無関係である」と判断した場合、ストレスを感じることはありません。しかし、ストレッサーを「自分にとって有害である」と判断した場合は、次の段階に進みます。
★二次的認知評価
一次的認知評価の段階で「自分にとって有害である」と判断したストレッサーに対して、対処を検討するプロセスが二次的認知評価です。「対処法を把握しているか(結果期待)」「対処法は実現可能か(効力期待)」を検討し、対処(コーピング)可能と判断されるとストレスは和らぎます。
しかし、いずれかの対処が不可能と判断されると、ストレスが高まります。これがストレスの発生する仕組みです。
③ストレス反応:ストレスが高まったときに生じる反応
強いストレッサーを受けてストレスが高まったときに生じる生体反応のことを、ストレス反応と言います。身体的反応、心理的反応、行動反応の3つに分類され、ストレッサーに対する受け止め方や対処法によってさまざまな反応が生じます。
身体的反応
身体的反応とは、心拍数の増加や血圧上昇などの生理学的な変化や、身体に生じる反応・症状のことです。頭痛、腹痛、動機、睡眠障害、めまい、貧血、湿疹などの症状が現れます。
心理的反応
心理的反応とは、情緒的な反応として現れるストレス反応のことです。不安、怒り、焦り、恐怖、緊張、抑うつ気分、無気力、疎外感などの感情が現れます。
行動反応
情緒面での反応は、行動の変化としても現れることがあります。それが行動反応です。暴飲暴食、暴力、飲酒量や喫煙量の増加、引きこもり、遅刻や欠勤の増加などが例として挙げられます。
主なコーピングは3種類
ストレスにさらされたときに、うまく対処するための方法の1つがコーピングです。コーピングにはいくつかの種類があり、大きく分けて「問題焦点型コーピング」「情動焦点型コーピング」「ストレス解消型コーピング」の3種類があります。
その中でもアプローチの仕方によってさまざまな手法がありますので、ストレッサーに合わせて使い分けるのが効果的です。
問題焦点型コーピング
ストレスの原因に対して直接的にアプローチし、根本的に取り除くのが問題焦点型コーピングです。問題そのものに焦点を当てて対策を行うため、うまく対処できればストレスを根本的に解消できます。たとえば人間関係で悩んでいる場合に、相手と直接話し合って問題を解決するのが例として挙げられます。
社会的支援探索型コーピング
社会的支援探索型コーピングは、先述した問題焦点型コーピングの一種です。自分ひとりでストレスの原因にアプローチするのではなく、周りに相談して助けを求める方法のことを指します。
仕事のことで悩みがある場合、上司や同僚に助けを求めるのはもちろん、家族や友人に相談してアドバイスをもらうのも社会的支援探索型コーピングです。苦しい状況に対して共感してくれる相手であれば、精神的なストレスも緩和されるでしょう。
情動焦点型コーピング
情動焦点型コーピングとは、ストレッサー自体ではなく自身の感情にアプローチして、ストレス反応をコントロールする方法です。ネガティブなことを考えないようにしたり、自分の考え方を変えたりして、ストレッサーに対処します。
ストレッサーの受け止め方を変える必要があるため、そのスキルが身に付くまではうまく対処できず、効果を感じられないこともあります。
情動処理型コーピング
情動処理型コーピングは、情動焦点型コーピングの一種です。ストレッサーによって生じた感情を表に出したり、誰かに話したりすることで気持ちの整理と発散をする方法です。家族や友人に話しづらい場合は、カウンセリングや診察などで感情を出すという手段もあります。
認知的再評価型コーピング
認知的再評価型コーピングも情動処理型と同じく、情動焦点型コーピングの一種です。ストレッサーに対する捉え方や感じ方を変化させ、前向きに受け止めることでストレスを軽減させる方法です。ポジティブシンキングとも言い換えられます。
たとえば、仕事で目標を達成できなかった際に「新しい挑戦をしたことで、次回へのステップアップになった」と捉えると、問題をポジティブに受け止められて、ストレスを軽減することができます。
考え方を変化させるのは容易ではありませんが、落ち込むような出来事が起こったときに「友人が同じ立場だったら、どんな声をかけるだろう」「自分の頭に浮かんだ考えは妥当なものなのか?」と考えてみると、自分の認知パターンに気付くことができ、別の考え方を導き出すことができるでしょう。
ストレス解消型コーピング
ストレス解消型コーピングとは、ストレスを発散して気分をリセットすることを目的とした方法です。ストレッサー自体の解決はできませんが、ストレスを感じた後に行うコーピングですので、日頃から取り入れやすい方法であると言えます。
気晴らし型コーピング
気晴らし型コーピングは、ストレス解消型コーピングの一種です。ストレッサーから離れて気分転換をすることで、ストレスを緩和する方法です。気分転換の手段としては、運動や買い物、音楽、食事、旅行、趣味など自分の好きなことをする、というやり方が一般的です。
仕事中のストレスを休日に発散し、リフレッシュした状態でまた仕事に励むという習慣は、無意識のうちに行っている人も多いでしょう。
リラクゼーション型コーピング
リラクゼーション型コーピングも気晴らし型と同じく、ストレス解消型コーピングの一種です。心身ともにリラックスできる状態に身を置き、緊張状態を和らげてストレスを緩和する方法です。ヨガや瞑想、マッサージ、呼吸法、アロマなどが例として挙げられます。
リラックス方法は人によって異なるため、あらかじめ自分にとってリラックスしやすい環境を把握しておくと、即座に対処が可能になります。
企業でコーピングを導入する具体的な方法
企業でコーピングを導入するには、どうすればよいのでしょうか。ここからは具体的な方法を解説します。
ストレスチェックでストレス状況を把握する
適切なコーピングを行うためには、まず自分自身のストレス状況に気付くことが大切です。また、企業は職場のストレス状況を把握しておくことも重要です。そのために、従業員に対して定期的なストレスチェックを行いましょう。なお、一定規模以上の事業場については、2015年から毎年1回のストレスチェック実施が義務付けられています。
ストレスチェックは、従業員がストレスに関する質問票へ回答し、集計・分析することでストレス状況を調べる検査です。ストレスチェックの結果は本人にのみ知らされ、企業には個人を特定できない状態で行われた集団分析の結果が提供されます。
企業は、この結果をもとに職場環境の改善に努め、必要に応じてコーピングをはじめとしたストレス緩和・解消の取り組みを導入しましょう。
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メンター制度や1on1ミーティングなどを取り入れる
誰かに相談したり話を聞いてもらったりすることも、コーピングの方法の1つです。企業においてはメンター制度や1on1ミーティング、ランチ会などを導入すると、相談できる機会が定期的に設けられるため、ストレスコーピングがしやすくなるでしょう。
メンター制度
メンター制度とは、新卒入社や中途入社の若手社員に対して、先輩社員を「メンター(相談者・助言者)」としてつける取り組みのことです。「メンティー(相談する側)」である若手社員は、メンターという明確な相談相手ができるため、慣れない職場や仕事に対する不安・不満を解消しやすくなります。
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1on1ミーティング
1on1ミーティングとは、上司と部下が1対1の個人面談を行い、部下の成長やモチベーション向上を促す取り組みのことです。1on1とも呼ばれます。評価面談ではなく、上司が部下の現状を聞き、アドバイスやフィードバックを返す時間であるという特徴があります。
仕事に関しての相談をする時間にもなり、週1回、月1回など定期的に実施することで、ストレスの緩和や解消にもつながると考えられます。
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ランチ会
休憩時間にランチ会を開催して、従業員同士で会話と食事を楽しむ機会を設けるのも、ストレスの緩和につながります。業務時間外であるためプライベートの話もしやすく、親睦を深める機会にもなるでしょう。従業員同士のコミュニケーションが活発になれば、業務中に困ったことがあっても相談しやすくなり、ストレッサーへの対処になると言えます。
カウンセリング窓口や定期的な受診機会を設ける
「誰かに話を聞いてもらう」というコーピングの1つとして、カウンセリングの機会を設けるのも効果的です。企業は産業医や精神科医などの専門家に依頼して、気軽に相談できる窓口の設置や、定期的な心理カウンセリングを実施します。従業員同士や家族・友人には話しにくい悩みでも、カウンセラーになら話しやすかったり、感情を出しやすかったりすることもあるでしょう。
カウンセラーは従業員のストレスに対し、専門家の観点から原因究明や対処を行います。特に長時間労働が続いている従業員には、労災防止という意味でも受診を勧めるべきだと言えます。
コーピングやセルフケアについての研修・講座を開催する
コーピングについての研修・講座やe-ラーニングを定期開催するのもよいでしょう。コーピングの方法の中でも、自分自身の考え方を変化させる必要があるものは、意識して行わなければなかなか身に付きません。定期的に学ぶ機会があると、こうした考え方の変化のトレーニングにもなり、より効果的なコーピングが可能になるでしょう。
研修の例としては、新入社員向けの育成研修制度の中にコーピングやセルフケアに関する研修を取り入れたり、管理職向けに組織のメンタルヘルスに関する研修を取り入れたり、といったものが考えられます。
コーピングがしやすいオフィス環境を整える
従業員のストレスを軽減し、コーピングがしやすい環境をつくるためには、オフィス環境も重要です。具体的には、従業員同士がコミュニケーションを取りやすい配置やエリアを設ける、集中して作業ができる個室のようなスペースを設ける、休憩時間に利用できるリラックスルームを設ける、などが考えられます。
新たな設備を導入するのが難しい場合は、職場の温度が暑い・寒いというストレッサーを除外できるよう、一定の温度に保つことを意識したり、観葉植物やコーヒーマシンを置いてリラックスできる環境をつくるなどの工夫をしましょう。
コーピングを効果的に行うためのテクニック
コーピングを効果的に行うためには、次のようなテクニックが活用できます。企業がコーピングを導入する際は、コーピングやセルフケアに関する研修の場などで、テクニックの活用方法を伝えるとよいでしょう。
メンタル状態のモニタリング
コーピングをはじめとしたセルフケアを行うには、まず自分自身のストレスを可視化することが大切です。先述したストレスチェックを活用するのはもちろん、日常的にできる「メンタル状態を可視化する方法」があると、より効果的にストレスへの対処を行うことができます。
たとえばストレスを感じた時に、頭の中にあることや身体の状態を紙へ書き出してみたり、ストレスの強さを5段階評価で記録したりと、モニタリングする方法があります。メンタルの状態とストレスの度合いを文字や数字にして可視化することで、対処すべきストレッサーの優先順位が見え、対処方法がわかりやすくなるというメリットがあります。
コーピングリスト
コーピングリストとは、ストレスの緩和・解消につながる方法や行為を集めたリストです。あらかじめリストを作成しておくことで、ストレスを感じたときにどのような対処を行えばよいかが明確になり、スムーズな行動が可能となります。
作成方法としては、まず自分にとってポジティブに感じられること(おいしいものを食べる、買い物に行く、など)や相談できる相手を書き出します。実際にストレスを感じた際にその行為を実践し、どの対処法が効果的であったかを検証します。行為ごとに点数をつけて数値化すると、よりわかりやすくなるでしょう。
輪ゴムテクニック
輪ゴムテクニックとは、輪ゴムをはじいた痛みをきっかけとして、意識の転換を行う方法です。
輪ゴムを片方の手首にはめておき、ストレスを感じたりマイナス思考になったときに、輪ゴムをはじいて手首に痛みを与えます。この痛みをきっかけにマイナス思考をリセットして、ストレス状態を断ち切るよう心がけます。
これを繰り返すことで、意識的に「意識の転換」を行う習慣づけができるため、意図的にストレスをコントロールできるようになります。
コーピングで快適に働き続けられる環境づくりを
ストレスを感じた時に生じるストレス反応への対処法であるコーピングは、メンタルヘルスケアに効果的な手法です。健康経営が注目を集める昨今、従業員の健康サポートの一環として、コーピングを導入する企業が増えてきています。
この記事でご紹介したコーピングは、従業員にとって働きやすい環境をつくる方法の1つです。従業員一人ひとりがより快適に働き続けられるように、ストレスをセルフコントロールするためのサポートを行いましょう。
