近年、個人が行動を起こすうえで重要な「エフィカシー」が注目を浴びています。エフィカシーは、難しい目標に挑戦したり、困難な局面に立ち向かったりする上で、行動を後押しする概念です。
ここでは、エフィカシーについて解説するとともに、エフィカシーの高い人材が組織に与える影響と、個人のエフィカシーを高めるためのヒントについて紹介します。

エフィカシーとは?
エフィカシーとは、「困難な状況で、自分が必要な行動を上手く取ることができるか」に対する認知を指します。カナダ人の心理学者であるアルバート・バンデューラが提唱した社会的認知理論の概念であり、日本語では「自己効力感」と訳されます。セルフ・エフィカシーと呼ばれることもあります。
簡単に言えば、「自分ならできる!」と自分の能力を信じ、行動に移す力がエフィカシーです。エフィカシーの高い人は、困難な課題に直面しても、諦めずに「自分の能力なら役立てる」「目標を達成できる」と強い意志を持って取り組むことができます。
人々のライフスタイルや価値観など、変化の早い現代においては、ビジネスシーンでも「これまでにないサービス」を生み出したり、「以前とは異なる仕事」に取り組む必要性が高まっています。そうした場面で「やったことがないから無理」と従業員が尻込みしていては、組織の成果につながりません。
エフィカシーの高い人材は、仕事で大きな成果を出す可能性があります。さらに、エフィカシーを理解することは、難しい目標に挑戦する人材を育成する上でのヒントとなるでしょう。
エフィカシーと自己肯定感との違い
エフィカシーと混同されやすいものに「自己肯定感」があります。
この2つの違いは、何に対する評価であるかです。エフィカシーが「自分自身の能力」を評価するのに対して、自己肯定感は「自分の存在そのもの」を評価します。
自己肯定感は、これまでの自分のあり方や、現在抱いている感情といった、自らの価値や存在意義を肯定するものです。それに対して、エフィカシーは、ある状況や課題に対する自分への自信として、未来の行動に結びつきます。
エフィカシーの3タイプ
エフィカシーは、大きく3つのタイプにわけられます。
①自己統制的自己効力感
自己統制的自己効力感とは、「自分ならできる」という自信であり、エフィカシーのタイプのなかでスタンダードなものです。このタイプのエフィカシーが高い人は、自分が持つ能力を正しく理解し、状況に合わせて上手く発揮することができます。
高い目標や、難しいプロジェクトにチャレンジするシーンで、この自己統制的自己効力感は重要になります。自分の能力を理解しているからこそ、自分が超えられる壁の高さを信じることができ、結果として成果につながります。
たとえ挑戦の結果失敗したとしても、自分のできること・できないことを冷静に振り返り、自信喪失することなく次に迎えるのも、自己統制的自己効力感が高い人の特徴です。
②社会的自己効力感
社会的自己効力感は、いわば対人関係におけるエフィカシーを指します。「自分ならこの人と上手くやっていける」というポジティブな考え方が、社会的自己効力感です。
社会的自己効力感の高い人は、自分と他者を信頼する気持ちが強く、困難な物事や人間関係のトラブルに直面しても、一人で抱え込むことなくうまく立ち回ることができます。ビジネスシーンや私生活など、さまざまな場面の人間関係で発揮されます。
社会的自己効力感は、幼少期からの家族・親戚・友人・学校といった人間関係で育まれ、大人になってからも持続するといわれています。
③学業的自己効力感
学業的自己効力感は、学業に対する自分の自信を示すエフィカシーです。「学べば理解できる」「勉強すればわかるようになる」という自信を指します。
学習の結果、受験や成績で良い結果を納めることで、学業的自己効力感は高まります。このタイプのエフィカシーが高い人は、大人になってからも新しいことに興味を抱き、自発的に学ぶ傾向があります。恒常的なインプットと成長を求められる職種で、重要となるものです。
エフィカシーが高い人の5つの特徴
エフィカシーが高い人は、前向きな思考や、高い目標を掲げられるといった特徴があります。以下に、5つの特徴について詳しく見てみましょう。
①ボジティブ
考え方は、行動や習慣に大きな影響を与えます。エフィカシーが高い人は、前向きな思考で物事に取り組むことができます。難しい目標を与えられても、マイナス思考ではなく、プラス思考で向き合うことができるため、「やりがいがある」「成功に向けて頑張ろう」と目標達成に必要な行動に移すことができるのです。
②責任感があり、当事者意識が強い
エフィカシーの高い人は、責任感があり当事者意識が強いといわれます。これは、自分の能力を理解し評価できるからこそ、他責思考に陥りづらいことが関係します。
失敗したり、困難な壁にぶつかったりしたとき、エフィカシーの高い人は、「自分ならやれる」「できないのは能力が足りないからだ」と自責で物事をとらえることができます。それにより、不足している力を伸ばそうと努力するため、より成長につながります。
③掲げる目標が高い
エフィカシーは、その人が掲げる目標の高さに影響を与えると考えられています。エフィカシーが高い人は「自分はもっとできる」と信じられるため、より高い目標を設定することを厭いません。
また、ただ目標を掲げるだけでなく、目標達成に向けて、必要な努力を行うといった自己管理能力が高いのも、エフィカシーを持つ人の特徴です。行動を継続することで、その人自身の成長にもつながり、ポジティブな循環を生み出すことができます。
④成功体験を多く積んでいる
エフィカシーを高めるのは、成功体験です。大なり小なり、自分自身が成功体験を積むことで、自分の能力を評価し自信を持つことができます。行動し、困難を乗り越えたり、目標を達成したりする経験を積むことで、エフィカシーが高まります。
その人が自分自身の能力を評価できているかどうか、自己効力感があるかどうかを見極める必要のあるシーンでは、過去の成功体験に触れ、どのように考え行動したのかを聞いてみるのも一つの方法です。
⑤ストレス耐性がある
エフィカシーが高い人は、困難に立ち向かう際、自分の力を信じストレスに耐えることができます。近年は、新型コロナ感染症の拡大に代表されるように、「何がおきるかわからない」という不確実性が高まっています。そうした状況で、正解が分からないなか、道を切り開く力がビジネスには欠かせません。
自分の能力を信じ、難しい課題に立ち向かうには、高いエフィカシーを持つ人が必要であるといえます。
エフィカシーの高い人材が組織に与える影響
エフィカシーの高い人がいる組織では、生産性が向上したり、周囲にいる人々のモチベーションを刺激したりといったポジティブな影響が生まれます。一方で、周りとの温度差がつき組織での人間関係に影響を及ぼす恐れもあります。
メリット1:生産性が向上する
個人のエフィカシーが高まると、より難易度の高い目標に挑戦できるようになります。困難なプロジェクトにも、諦めず、工夫をしながら達成に向かう姿勢が強まり、大きな成果につながる可能性が高くなります。
自分の力量を少し超えるような目標にもひるまないため、個人と組織の成長が期待できるでしょう。
メリット2:社内コミュニケーションの活性化につながる
エフィカシーの高い人は、周囲とコミュニケーションをとる意欲が高い傾向にあります。人間関係を円滑にしようと行動するため、社内のコミュニケーション活性化につながります。
積極的に他者と関わり、円滑な人間関係を構築する人は、組織に良い影響をもたらします。
メリット3:周囲のモチベーションが上がる
目標に向かい行動する人は、周囲のやる気を刺激します。「あの人が頑張るなら、自分ももっと頑張ってみよう」と、エフィカシーの高い人の頑張りが、チームや組織のモチベーションに影響を及ぼすのです。
周囲を巻き込んだ行動が成果に結びつけば、経験年数の浅いメンバーも成功体験を積むことができ、メンバーのエフィカシー向上にも貢献します。
デメリット1:周囲との温度差が生まれてしまう
エフィカシーの高い人は、組織内でコミュニケーションの活性化や、意欲的な行動といった好影響をもたらしますが、組織の状態によっては逆にマイナスの影響を与えてしまうこともあります。
もともと人間関係がぎくしゃくしていたり、メンバーのモチベーションが低かったりする状態では、エフィカシーの高い人の存在が浮いてしまうことになり、周囲との温度差が浮き彫りになるでしょう。「なんであんなに頑張っているのだろう」と、周囲が冷笑的な視線を向けるようになると、エフィカシーの高い人のモチベーションまで低下することになりかねません。
エフィカシーの高い人だけで、組織を引っ張れるわけではありません。「がんばっている人が組織を去る」という結果にならないよう、組織全体の自己効力感を高めるような取り組みが求められます。
デメリット2:自分の能力に対する過信につながる場合も
自分の能力を理解し、自信があるのは良いことです。しかし、周囲が評価一辺倒になると、今度は自信過剰となり、能力を見誤ることにもなりかねません。「自分はできる」という自信が、なんらかの拍子に「どうして周りはできないんだ」と、他者への批判に変わってしまう恐れがあります。
エフィカシーの高い人材にも、適切なフィードバックを行いましょう。
エフィカシーを高める5つの方法
個人のエフィカシーは、経験や他者からの評価によって向上します。以下に、組織でできるエフィカシーを向上する方法をご紹介します。
①ストレッチした目標を立てる
「達成するのが簡単な目標」を達成しても、「できて当たり前」という感覚で終わってしまいます。「自分はできる」という自信につなげるには、少しだけストレッチした目標が必要です。
目標管理制度などを活用し、個人の職務や業務内容にあわせた目標を設定すれば、仕事に取り組む結果がエフィカシーを向上させることになります。ただし、あまりにも難易度が高すぎる目標や、現実離れした目標は、逆にエフィカシーを下げてしまいます。
面談を実施し、本人が納得した挑戦的な目標を設定しましょう。
②ポジティブなフィードバックや評価をする
ポジティブなフィードバックは、「自分の頑張りが認められている」という実感を与え、モチベーションを刺激します。たとえ目標に届かなかったり、失敗してしまった場合でも、評価をする立場の上司は、その人の「工夫したこと」や「がんばった過程」に目を向けましょう。
また、改善など指導が必要な場合でも、否定ではなくポジティブなフィードバックから入ることで、本人も指導が受け入れやすい心理的安全性が保たれます。シーンに応じてフィードバックの仕方を使い分け、エフィカシーの向上につなげましょう。
③学び続ける姿勢を応援する
新しい知識を取り入れたり、スキルを習得したりすることは、エフィカシーの向上につながります。「新しいことができるようになった自分」を体験することで、成長を実感できるようになるのです。その成功体験は、「これを学べば〇〇ができるようになる」という、新しい自信をもたらしてくれるでしょう。
こうした学ぶ姿勢を刺激するために、社内で勉強会などの形式でアウトプットする場を設けることも有効です。知識を外に出すことで、他者から評価されるため、エフィカシーが向上します。
④小さな成功体験を積み重ねる
苦手意識の強い物事を乗り越えたり、困難な目標を達成した際は、印象深い出来事として記憶に残ります。「できた!」という成功体験が、エフィカシーを向上させます。そのため、メンバーのエフィカシーを高めるためには、マネジメント側が、部下たちが成功体験を積めるよう環境を整えることが重要です。
一から十まで指導をしていては、自分で達成したという実感は薄くなってしまいます。コントロールされることに窮屈さを感じる人もいるでしょう。その人の能力に見合った裁量を与え、挑戦を応援する姿勢が成功体験を生み出します。
⑤組織内でのロールモデルを用意する
自分の能力を評価する際、目標とする人物の存在は、一つの指針となります。組織内に憧れの上司がいれば、「〇〇さんのようになりたい」という思いから、どうすれば目指すキャリアやスキルを磨けるのか考えるようになるでしょう。
また、お互いのモチベーションを高め合うような存在も重要です。「〇〇くんができたのなら自分もできるはず」と、先行事例に刺激され行動する意欲が強まります。
従業員のエフィカシーを高める関わり方をしよう
エフィカシーは、自分の能力を信じ行動に移す力です。エフィカシーの高い人材は、難易度の高い目標にチャレンジし、成果に向けて諦めずに努力することができます。また、新しい分野への好奇心も強く、「やればできる」と自分自身のスキルを磨くことを怠りません。
エフィカシーを高めるためには、能力を振り返るようなポジティブなフィードバックや、自信を持つきっかけとなる成功体験、そして成功に結び付くまでの行動と努力の過程が重要です。本人の意欲や能力を考慮し、ストレッチした目標を与え、かつ達成までのサポートを行うことがエフィカシーを高めることにつながるでしょう。
