少子高齢化による労働人口の不足により、人材の確保が困難ななか、従業員の定着率は維持・向上させたいもの。そこで注目を集めているのが「従業員エンゲージメント」です。
「企業全体として組織力を高めたい」「離職率を改善したい」と願う企業にとって見直すべき指標の一つである「従業員エンゲージメント」について要素や他用語との違いを説明しながら、得られる効果や向上のためのステップ、成功事例を紹介します。

従業員エンゲージメントとは
従業員エンゲージメントとは、企業が目指す理念や方向性を従業員が理解し、共感し、そして自らその達成に向かって自発的に貢献しようと思う意欲や意識のことを指します。
この基準は企業によって何を評価するかが異なるため、どのような従業員がエンゲージメントが高い、という詳細な定義は決まっていません。そのため、企業は自社の従業員エンゲージメントの定義づけをする必要があります。
従業員エンゲージメントの3大要素
はじめに、人事や組織開発の分野において使われる、従業員エンゲージメントの意味について解説していきましょう。
従業員エンゲージメントとは、企業が目指す理念や方向性を従業員が理解し、共感し、そして自らその達成に向かって自発的に貢献しようと思う意欲や意識を指します。
従業員エンゲージメントを構成する三大要素
従業員エンゲージメントを向上していくためには、自社における従業員エンゲージメントの水準を明確にさせる必要があります。
従業員エンゲージメントの構成要素は以下の3つです。
1.理解度
従業員が企業を信頼するためには、企業が掲げる方向性を従業員も具体的に理解し、納得してそれを支持していく必要があります。つまり、企業と従業員の向かう方向性が一致していることが大切です。企業は経営方針や理念を明確にして、従業員の理解度を得ていくことが求められます。
2.共感度
会社のビジョンと一致することは、従業員エンゲージメントの重要な要素です。従業員が掲げる目標や人生設計と、会社が描いている将来像が重なると、日々の業務に情熱をもって取り組むことができ、事業計画への共感にも繋がります。
3.行動意欲
従業員にとって、会社へ努力し貢献できていることは重要なものです。その貢献度を感じられるものに、会社での売り上げなど数字でわかる評価と、人事や関係部署などからの心理的な評価があります。
会社で得た良い評価は、個人的な満足感だけでなく会社における存在価値の実感にも繋がっていきます。その結果として、行動意欲にも良い影響が出るといえます。
日本の従業員エンゲージメントは世界最低レベル
組織のエンゲージメントを測定するツールとして、アメリカのギャラップ社が実施している「エンゲージメント・サーベイ」があります。
同社は全世界1,300万人のビジネスパーソンを対象に従業員エンゲージメントが高い“熱意あふれる従業員”の調査(2017年)を実施しました。
この調査によると、首位につけたアメリカ:31%(世界基準:15%)と比べ、日本の従業員エンゲージメントは6%と世界的に見てもかなり低く、全調査国139ヵ国のうち132位と最下位レベルであることが分かりました。
上記の意識調査で低い基準値だった日本でも、2017年から厚生労働省が推進している「働き方改革」の影響により、従業員エンゲージメントの向上に取り組む企業が増えてきました。
しかしながら、2019年から蔓延し始めた新型コロナウイルスによる在宅勤務の増加で、企業と従業員とのコミュニケーションが希薄になっています。個々が孤立しがちな社会環境の時代だからこそ、企業は従業員エンゲージメントの大切さを見直し、改善を図っていかなければなりません。
従業員エンゲージメントと似た用語との違い
従業員エンゲージメントによく似た概念として、日本では以前から知られていた「従業員満足度」や「ロイヤリティ」などがありますが、従業員エンゲージメントとはその意味合いが若干異なります。
従業員満足度
従業員満足度は、会社に対する居心地の良さを示すものです。
必ずしも企業の業績や生産性に直接結びつくというわけではありませんが、離職防止という観点からみても、従業員満足度を維持・向上させる働きは非常に重要です。
ロイヤリティ
ロイヤリティとは忠誠心を意味し、従業員との関係だけでなく顧客に対しても使われるビジネス用語です。
日本では、伝統的に企業が従業員に対して力を持っていたこともあり、労使関係においてロイヤリティが重要視される傾向にありました。しかし、指示を待つスタイルでは、従業員独自の創造力や判断力の低下を招いてしまうといったネガティブな結果をもたらす場合があります。
このように、従業員満足度やロイヤリティは、所属する会社、上司、そして仕事に対する評価への満足度が「従業員自身の基準」となっています。
一方、従業員エンゲージメントは、「企業が目指す目標や方向性が基準」であり、それに伴った従業員の理解や共感、行動意欲を評価する指針となるものです。
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従業員エンゲージメント向上のメリット
それでは、従業員エンゲージメントを高めると一体どのような効果があるのでしょうか。
人材が定着し、離職率が低くなる
かつては終身雇用制度という働き方の仕組みが一般的で、その過程の中で従業員エンゲージメントも自然と発生し、企業もそれに期待ができるような時代でした。しかし、終身雇用制度が崩壊してからは、優秀な人材が他の企業へ引き抜かれたり、個人がより良い勤務条件で転職をしていくようになり、企業の採用環境はますます厳しくなっています。
このように、人材の流動化やワークモチベーションの多様化により、従業員に働き続けてもらうためには、金銭面だけでない企業と従業員の関係性の構築=「従業員エンゲージメントの向上」が、重要な要素になっています。
つまり、従業員エンゲージメントを高めることで、企業も従業員の安定した確保や定着率を向上させることができるのです。
モチベーションを維持できる
企業と従業員の方向性が一致していると、所属意識が高まるため、企業を信頼し安心して業務に取り組むことができます。それによって、従業員は仕事に対するモチベーションを維持することができます。
自分の仕事に意義を見出し、充実感をもって働けるため、長期的にみても大きな効果があります。
仕事への積極性が高まる
従業員が企業に誇りや貢献意欲を持っていれば、さらなる高みを目指して難しい業務にも挑戦していくことも期待できます。
この時、企業(上司)からの指示のみで動いている場合は、能動的に問題解決をしようとしないものですが、従業員が自ら積極的に取り組んでいる場合は、すすんで問題解決に取り組む良いきっかけになります。
顧客満足度が上がり、業績が向上する
仕事への積極性が高まり、主体的に自己研鑽に励んでいくと、顧客満足度の向上にも繋がります。成果が出たことで、従業員のモチベーションもアップするという良いサイクルが生まれるはずです。
企業利益を向上させるために重要な仕組みの一つであるSPC(サービス・プロフィット・チェーン)というフレームワークにある、“従業員満足度を上げると、サービスの質も向上し、顧客満足度にも影響する”という一連の好循環が生まれます。このように、「従業員満足度」「顧客満足度」「業績の向上」「企業の利益」は、互いに深く関わりがあるのです。
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社内コミュニケーションが活発になる
従業員エンゲージメントが高くなることで、従業員同士の活発なコミュニケーションを生まれます。コミュニケーションが活性化し職場環境が改善されると、従業員の精神的安定が維持できるため、不要な摩擦やトラブルが減ります。
結果として、従業員同士の親和力や協調性が高まり、サービス自体の向上、業績アップが期待できるでしょう。
従業員エンゲージメントを高める3つのステップ
では、従業員エンゲージメントを向上させるためにはどのような方法があるのか、具体的なステップを確認していきましょう。
①現状の従業員エンゲージメントを把握する
まず、従業員エンゲージメントの調査を実施し、エンゲージメントレベルを数値として見える化しましょう。その調査結果を精査し、経営側と従業員で共有することで、今後の活動の方針などを決定していきます。
また、従業員エンゲージメントの度合いを見ると同時に、従業員が日々の業務で感じている不安やストレス、ニーズなどを掘り起こしてみると良いでしょう。従業員にとって働きやすい環境づくりは、エンゲージメント向上にも良い影響を与えてくれます。
近年では、組織改善のためのサーベイツールなども外注が可能なため、そうしたアウトソーシングサービスを検討してみるのもよいかもしれません。
②推進する役割を明確化する
従業員エンゲージメントを高める施策を行うために、経営側がこの活動に協力してくれる従業員を募り、施策を推進する役割を明確にしましょう。
この時、仕事へのモチベーションが高くパフォーマンスを発揮できているような従業員エンゲージメントの高い従業員を選ぶことが大切です。
モデルとなる従業員をピックアップ
企業にとって継続して働いて欲しい、他の従業員にとってもお手本になるような従業員をモデルケースとして、各部署・各職務から何名かピックアップします。
モデルケースに近い従業員の分析
モデルケースとしてピックアップした従業員を、人事課の情報だけでなく該当者のインタビューやアンケートを行うなどして、以下のような観点から個人情報に留意しつつ分析をします。
・報酬レベル
・職務内容
・スキル
・直近のパフォーマンスの人事評価
・高いパフォーマンスを発揮するための行動内容や努力
・企業や組織に対するモチベーションやネガティブなイメージ
理想の従業員像を明文化する
そのうえで、どのような要素が共通しているのかを分析することで、自社にとって理想の従業員に必要とする要素を明文化していきます。
モデルケースに近い従業員の情報を整理し、企業にとって望まれる“理想の従業員像”を職種や職位ごとに明文化していきます。
③向上のための施策を実施する
企業側の改善点を洗い出す
理想の従業員像の基準に近い従業員を増やしていくために、以下のような点について、見直しと再構築を行います。従業員のニーズを踏まえ、必要であれば新しい制度を検討してみるのもよいかもしれません。
・会社の共有理念や価値観
・事業計画
・経営側メンバーの選定方法
・会社と従業員の結束力を高めるための活動
・研修制度
・評価や査定基準
・就業規則
・役職、職務等級制度
・給与や退職金など報酬制度
・テレワークなど柔軟な働き方制度の導入
・ダイバーシティ
・シニア雇用制度
・福利厚生制度 など
マネジメント層への呼びかけ
従業員エンゲージメントの向上に欠かせないものが、「マネジメント層の教育」です。
株式会社パーソル総合研究所の就業者の休暇実態に関する調査では、上司が「プライベートよりも仕事一筋のタイプ」である場合には部下の年次有給休暇取得は進まず、一方で「チームワークが良いこと」は取得を促進していることが分かっています。
給与や仕事内容、プライベートの確保ができるより良い職場環境も、従業員エンゲージメントを高める重要なポイントであるため、マネジメント層から変えていくことを意識しましょう。
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従業員エンゲージメント向上に取り組む企業の成功事例
従業員エンゲージメントを向上させるために、実際に施策を実施している企業の事例をいくつか紹介していきます。
メルカリ | 感謝の気持ちをチップでお返し
メルカリのHRは採用活動だけでなく、成長する組織にあわせて人事制度の構築やエンゲージメント施策を行っています。
その一つのプロジェクトとして、「メルチップ(mertip)」という形で、リアルタイムにスタッフ間で感謝や賞賛をしあい、インセンティブとして一定額のピアボーナス(成果給)を贈りあえる制度を導入しています。導入1ヶ月後にすぐに制度の良い効果が現れ、社内アンケート調査では満足度が87%にも達したとのことです。
GREE | 上司と部下の関係がカギ:1on1で支える目標管理
GREEでは、個人の成長と業績アップを目指す目標管理の仕組み『MBO(Management By Objectives)』に加え、『1on1』を導入し定期的な振り返りを行うことで、上司と部下の信頼関係を構築しています。
実施後のアンケート調査でも、社員全体の7割が1to1の制度に満足していると回答しており、現場マネージャー向けの1to1研修も積極的に実施されています。
Ubie |ノンストレスでより自分らしく働く
医療現場でAIによる問診サービスを提供するUbieでは、従業員によりその人らしく働いて欲しいと願う会社理念の下、『完全フレックスタイム制』を導入しています。
朝方タイプの人は早朝から出勤、夜型タイプの人は午後からゆっくり出勤といったように、各人が最高のパフォーマンスを発揮できる時間帯で働けるため、従業員エンゲージメントも向上したということです。
Amazon | トレーニングの場を提供し、個人の成長をサポート
Amazonでは『Amazon career choice(アマゾンキャリアチョイス)』と呼ばれる従業員のためのトレーニング機関を設けています。
従業員が社内や社外で需要の高い分野の職種に就くために、ソフトウェア開発やITサポートなど従業員自らが希望する研修だけを受けることができます。社員のキャリア形成の成長を支援する、従業員エンゲージメントの好事例といえるでしょう。
ユーザベース|経営陣が社員に求める行動や姿勢を言語化
経済ニュースプラットフォーム「NewsPicks(ニューズピックス)」を運営するユーザベースは、「7つのルール」と「4つのやらないこと」を言語化することで、自社の軸が不明瞭だったことによる従業員の不安を無くすことに成功しています。
やらないことを決めたことで、従業員一人一人がなにをすべきかが明確になり個人の目標に落とし込みやすくなったといいます。また、新入社員にもわかりやすく従業員に「7つのルール」を浸透させための「Year Book」を毎年末に発行しています。
国内に限らず海外のメンバーも採用しているユーザベースの取り組みは、グローバルな活躍を目指す企業にとって見本となる事例です。
LIFULL|健康増進・維持のサポートで社員のLIFEもFULLに
「LIFULL HOME’S(ライフルホームズ)」や、老人ホーム検索サイト「LIFULL 介護」の運営を行うLIFULL(ライフル)では、新規事業提案制度「Switch(スウィッチ)」を実施しています。
新規事業の拡大、成長に重きを置いているため、「事業タイトルとビジョンが伝われば企画書は1枚でいい」という非常にカジュアルな制度となっています。認められたアイデアは、最短1年~1年半という短い期間で子会社化され、提案者は経営に参画することができます。
全従業員に加え内定者まで巻き込んで新規事業立案に取り組むことで、ひとりひとりの想いをカタチにする機会を提供しながら事業の拡大を実現しています。従業員のやる気・モチベーションを上げながら企業の業績を向上させる好事例だといえます。
従業員エンゲージメント向上で組織力を高める
労働人口が減少している日本企業にとって、人材の確保は重要な経営課題となっています。先の見通しがつきづらい不透明で厳しい時代であるからこそ、困難を乗り切り、企業はピンチをチャンスに変える大きな変革を必要とされています。
従業員エンゲージメントを高めることで、従業員と企業との結びつきをより強固で確かなものにすることができるでしょう。ただし、従業員エンゲージメントを高めるうえで忘れてはいけないのが「従業員満足度」です。
この企業で働き続けたいと思える満足度と企業への貢献度や意欲を合わせて高め、お互いにWIN-WINの結果をもたらすために、組織の発展に向けて取り組んでいきましょう。
