株式会社OKANが主催する、エンプロイー・エクスペリエンスに着目した日本初の経営者と総務・労務・人事担当者が集う日本最大級のカンファレンスイベント<Employee Experience Summit>が2018年3月7日に行われました。トークセッションに登壇されるゲストに、株式会社OKAN代表取締役 CEOの沢木が、バックグラウンドや実践されている取り組みを伺ったシリーズを掲載します。
今回は「テーマ1:なぜ急成長する企業は働く環境に投資するのか?」に登壇する株式会社SmartHR 代表取締役 宮田昇始氏です。移転したばかりのオフィスにて、働く環境への投資の具体案やこれからの管理部の目標などをお聞きしました。
宮田 昇始氏
株式会社SmartHR 代表取締役
SmartHRを開発する株式会社SmartHRの代表取締役CEO。 2013年に株式会社KUFU(現・株式会社SmartHR)を創業。2015年11月に自身の闘病経験をもとにした クラウド人事労務ソフト「SmartHR」を公開。利用企業数はサービス開始2年で1万社を突破。 IVS、TechCrunch Tokyo、B Dash Campなど様々なスタートアップイベントで優勝。 HRアワード 2016 最優秀賞、グッドデザイン賞 2016、東洋経済すごいベンチャー100にも選出。

株式会社SmartHR 代表取締役 宮田昇始氏
事業にもメリットがあるから環境や福利厚生に仕掛けを作る
―オフィス移転おめでとうございます。すごく広々とした開放感がある造りですね。個人的にオフィスには企業カラーがあらわれると思っているのですが、何か移転の際に環境・パフォーマンス・ヘルス面で工夫したことがあるか、まずはお聞きしたいです。
弊社では、「ビジネスにもメリットがあるからこそ、働く環境や福利厚生に投資する」という考え方があります。今回の新オフィスではコミュニケーションを活性化させるために、オープンスペースを広めに配置しました。これからさらに人数が増えていくと、1週間で1回も話さないメンバーが出てくるかもしれない。通常業務なら支障は出ないとしても、たまにチームを横断した仕事の際や、日常で話しかけづらいことが起きるのはもったいないですよね。だからなるべく日常的にコミュニケーションをとりやすいように、こういったスペースを増やしました。
またコミュニケーションを促すために、冷蔵庫をあえて手に取りやすい場所に設置しました。中身が見える冷蔵庫にはお酒がたくさん入っていて、仕事が終わったあとに誰でも無料で飲んで良いことになっています。最初はメンバーが2人くらいで飲み始めているだけでも、「じゃあ僕も、私も」とカウンターに自然と人が集まってきます。こういったコミュニケーションがうまれる仕組みは事業にも生きてくるため定期的に改まった飲み会を開催しなくても良いですし、費用対効果が大きいと感じています。
それから、会議室は全面ガラス張りになっていて、基本的にドアを閉めずに会議を行っています。閉めるのはメンバーの給与に関する会議と隔週でやっている1on1の時だけ。経営会議や、株主との定例MTGもドアを開けっ放しでやっています。これは『情報をオープンにする』という考えが弊社にはあり、社長とメンバーが持っている情報を同等に保つよう心がけています。持っている情報が同等だと、自ずと意思決定が似てくるからです。
『情報をオープンにする』ことでメンバーの自律駆動を促す
―どの取り組みも、短期的に見ると一般的な企業では経営に影響しなさそうで、後回しになりがちだと思います。なぜ経営の意思決定の中で、そこに投資する優先順位が高いのかをお伺いしたいです。
よく「スタートアップを創業して成長させていく過程は、難しい問題を100個解くようなもの」という話をします。この問題を社長一人で解いていたら、時間もかかるしトライ&エラーも少ないので正解に遠くなります。50人で2問ずつ解いていけばスピードは50倍になり、何度もトライ&エラーを繰り返すことができるので、正答率もきっと高くなると思っています。この考え方がベースにあるため、『情報をオープンにする』ということは重視して、かつ時間もかけています。
全メンバーに対して、週1回の経営会議の内容を説明する時間を約20分とっていますが、全社員の毎週20分というのはかなり貴重な時間です。ですが会社の今の状態がどうなのか、何が大事なのかなどを伝えるのは、自分で解くべき問題を見つけて、どう解いていけば良いのか判断する材料になるので、とても大切だと思っています。
コミュニケーションに関しては、最近部活動制度を始めました。会社の懇親会って役員や人事が起案者になりがちで、頻度やバリエーションに乏しかったり、懇親会も「飲み会」だけだと、参加者が決まりがちです。
これを部活動制度だと「釣り」「キャンプ」「日本酒」「ダーツ」「辛い食べ物」「バドミントン」など、特定のジャンルが好きなメンバーが集まっているので、そのメンバーが自発的に企画してくれています。すると会社の中でコミュニケーションのリーダーが複数に増えてくる。また、「お酒は苦手だけど釣りは好き」「昔ダーツやっていた」など、いつもと違うメンバーも顔を出してくれます。会社から一回の活動ごとに1人あたり1,500円支給していますが、これでコミュニケーションの機会が増えるならとてもコスパのいい投資です。
また、今回は新築のオフィスを選びましたが、綺麗なオフィスだと、働いていて誇らしい気持ちになります。友人や元同僚を呼びたくなって、そこからリファラル採用につながることもあるだろうなと考えています。リファラル採用だとミスマッチが起きにくく、一般的な転職市場では出会えないような優秀な人に早いタイミングで出会える。そこはものすごく価値が高いですね。
ソフトウェアの会社は、人が全てだと思っているので、そこに対してしっかり投資することは、大切なことではないでしょうか。
経営スタイルとマッチしたメンバーの自立性を促す施策
―そういった考え方は、もともと経営を始めた時からあったものなのでしょうか。
最初から持っていたわけではないですね。ただ「オープンな方がカッコいい」という考えは持っていました。もともとWebディレクター職だったので、エンジニアの発想と近いものはあるかもしれません。あと性格もあると思います。私は他者依存型という経営者のなかでは珍しい性格で、メンバーに任せるスタイルのほうが、心地良いです。だからこそメンバーの自立駆動を促す施策は、私の性格とも経営スタイルともあっていたのかもしれません。
―途中から出てきた課題もあったわけですね。
コミュニケーションは会社が大きくなるにつれて、難しさを感じました。人数が増えてくると一人一人と深く話せなくなり、きちんと伝える時間を設けたり、全員で飲み会して仲良くなろうだけでは限界がある。だからコミュニケーションを増やす仕掛けを少しずつ増やしていっています。
逆にリファラル採用に関しては入社後に会社へフィットするまでが早く、期待以上の成果を出してくれることが多いです。リファラルで入社したメンバーがさらに他のメンバーを呼んでくることもあって。今後も採用の柱にしていきたいですね。これは実際に行って感じたメリットです。
簡単に始められる社内制度は真似しやすい
ーお話をお伺いする中で、SmartHRさんは、環境を作りながら文化を作っていると感じました。他の企業の方がすぐに真似できる部分などあったりしますか。
コミュニケーションの活性化は比較的真似しやすいものが多いと思います。部活動制度は、私たちもとりあえずやってみようと始めたのですが、みんな予想以上に部活を立ち上げて活動してくれています。会社からいくらか補助されるならメンバーと一緒に遊ぼう!と気軽にメンバーも始めてくれています。デメリットも少なく、1回につき1人1,500円程度の出費なので、簡単に始められるのではないでしょうか。ちなみに部活動は申請制で、簡単ですが運用ルールも定めています。
真似しづらい部分だと『情報をオープンにする』ことかと。これは私と共同創業者2名の時から議事録文化があったからこそ根付いたものです。2名でもお互い何をしていて、何を考えているのかわからない時があり、議事録をあげるようになったのがきっかけですね。いまは営業メンバーが商談の際のメモを事細かに共有してくれていて、開発側がユーザーの温度感や要望を知ることができています。個人の売上に直結しないことが大半だったりするので、これをいきなり導入すると、抵抗感を持たれることがあるかもしれません。
―EX Summitでは「動機づけ要因」だけではなく、「衛生要因」も取り上げます。「衛生要因」には身体の健康だけでなく、心理的な安心も含まれると思っていて、要するにその前提があるからこそ働くことができて、頑張れる。そこに「動機付け要因」が乗ってくることでパフォーマンスが最大化するのかなと。コミュニケーションや情報のオープン化にしても「衛生要因」の効果がありそうだと思っています。社内の情報を隅々まで知ることや、様々なメンバーとコミュニケーションをとっている心理的な安心などが、そこに繋がってくるとお話を伺っていて思いました。
今聞いていてなるほどと思いました。ただコミュニケーションに関しては、生産性向上にもつながる心理的安全の面もあるかもしれませんね。
自社のスタイルに合った制度設計を
―ちなみにオフィスデザインや制度設計はどなたが担当されているのでしょうか。
オフィス移転に関しては特に決まっていなかったのですが、建築やインテリア好きのマーケティング担当者にやってみるか聞いてみたら、即答したので旗振り役になってもらいました。ただし、内装は誰でも参加できるコンペ形式で決めたり、オフィスに何が欲しいかヒアリングしたりと、基本的にはゆるやかな合議制でした。
制度については基本的に私と人事が起案する比率は高くなりますが、自分がやりたいことや変えたいことがあった場合、経営会議には誰でも全員参加して起案できるようになっています。
―誰でも起案できるとなる、どれだけ会社の考えが浸透しているかが重要な要素のひとつ思います。そこに対して何か特別なメッセージングはしているのでしょうか。
会社の価値観・行動規範を定めており、それを運用しているだけで、特別に何かはしていないですね。ただこの部分は、評価制度に組み込んでいたり、チャットで絵文字化されていたりと、意識する環境を日常的に取り入れています。あとは先ほどの「100の問題を〜」の話もそうですが、大事にしていることは日々伝え続けていることで自然と浸透していったのかもしれません。
―現在、国が働き方改革を推進していますが、生産性向上を支えるサービスであるSmartHRを運営していて、この動きをどう思われていますか。
難しい質問ですね…。SmartHRは人事労務を担う方の業務効率化に寄与できる部分が大きく、働き方改革を直接的に促進するわけではありません。ただサービスの副次的な効果として、人事労務の業務が効率化すると、生み出された時間で会社の制度づくりなどに注力できるようになることがあると思います。ユーザーさんのなかには、労務にかかる時間が3分の1になり、それまで煩雑な人事労務に追われていた時間を使い、副業解禁やリモートワーク解禁などの社内制度を作られた事例も伺っています。なので我々としては、働き方改革に直接結びつけていくよりも、働き方改革について考え実践する時間を捻出するために、SmartHRを広めていければと考えています。
―働き方改革に則して自社で何か取り組んでいることはありますか。
SmartHRは、世の中に前例がないサービスですので、成功事例や最善の方法を探っている状態です。また、お客様からの要望をいち早くサービスに反映し、日々メンバー同士の方向性をすり合わせながら開発しているため、リモートワークは相性が悪いので、基本的には開発チーム含めて出社してもらうことを重要視しています。一方、台風や大雪の日は無理して出勤して疲弊しないようにするなど、リモートワークを完全にNGしているわけではないです。こういったことに限らず、自社のスタイルに合った制度を状況に応じて選択できれば良いと思っていますね。
あと副業に関してはルールを設けながらもOKです。副業はメンバーが働く上で自信になると思いますし、自社にはない知見を得られるなど、会社側にもメリットがあるのではないでしょうか。
UXの良いコーポレート部がキーワード
―スタートアップだからこそ、あえて細かく制度を規定していない良さがありますね。
セオリー重視なのですが、これをやってみたらきっと平均点はとれる。だからセオリーを重視しつつ、とりあえず実践してみて、合わなければやめるか、少し変更して運用できそうであれば改善していきます。常にこのやり方をしてきているので、みんな新しいものに対してアレルギーもなく、心理的にも安心してもらえていると思います。
ちなみに評価制度は10名未満のときから作りはじめましたが、これも何度も改善しながら運用しています。「合わなかった場合には、そのまま運用することはないから大丈夫」という感覚は、初期のメンバーほど持ってくれている気がしますね。合わない制度は無理して続けず、有効なものだけ継続しています。
―なるほど。最後の質問です。当日の参加者は管理部の方が多いのですが、これから企業規模が大きくなっていく中で、管理部をどのようにしていくかなどお考えですが?
まず、人を「管理」するというイメージを変えようと「コーポレート部」に呼び方を変えました。「UXの良いコーポレート部」を作ろうというのが、コーポレート部のミッションになっています。コーポレート部からのお願い事って、他の部署にとっては自分のミッションに関係ないような内容だったりします。提出物や評価への入力などですね。そういった時にアナウンスの仕方一つで、協力の度合いやみんなが感じるストレスが違ってくるので、ユーザー体験の良いコーポレート部を作ろうとしています。今はチャットの絵文字で「UX良き」という絵文字があって、みんなにタスクをアナウンスした時に、これが沢山つくように試行錯誤しています。
ある時、コーポレート部が依頼した文面に対して「昔のファミコンやプレステの取説書を読んでいるみたい」といった感想があがりました。一通り読んだ後でないとプレイできないという事です。今のスマホゲームは、とりあえずダウンロードして起動すればすぐに遊び始められ、自然と操作方法も身につくように設計されていますが、こういう状態までアナウンスをシフトしてほしいと。ユーザー体験が良いと、メンバーから感謝されたり、コーポレート部側がお願いしてもやってくれないという悩みも減るのではないでしょうか。なによりもプロダクトのUXを重視する会社なので、直接プロダクトに関わることが少ないコーポレート部でもUXにこだわりをもって、会社の強いカルチャーにしていきたいです。
―UXの良い管理部、もといコーポレート部がキーワードですね!ありがとうございます。
