有給休暇は従業員の権利として認められていますが、日本では取得率が低いのが現状です。働き方改革ではこの課題を解決するため、2019年から従業員に年5日の有給休暇を取得させることがすべての企業に義務付けられました。
この記事では、有給休暇義務化の概要や有給休暇取得率を上げるための方法、有給休暇取得を促進するメリットなどについて解説します。

年5日の有給休暇義務化とは?
2019年4月に改正された労働基準法第39条によって、労働者へ年5日の有給休暇を取得させることが企業に義務付けられました。取得義務の対象となるのは、年10日以上の有給休暇を付与している労働者です。大企業・中小企業に関わらず、適用は2019年4月1日からとなっています。
従業員の権利として認められている有給休暇ですが、厚生労働省の調査によれば「みんなに迷惑がかかると感じるから」「後で多忙になるから」といった理由で取得をためらう人が多いようです。法律によって有給休暇の取得が義務と明記されれば、従業員も気兼ねなく有給休暇を取れる職場環境になっていくでしょう。
なお、有給休暇には、労働者の権利として法律で定められた「年次有給休暇」と、労働者と使用者の契約によって定められたもの(例:慶弔休暇や病気休暇など)があります。労働基準法の改正によって年5日の取得が義務化されたのは、法律で定められた「年次有給休暇」のことで、当記事ではこちらを指して「有給休暇」といいます。
有給休暇義務化の目的
そもそも有給休暇を取得させることが義務付けられたのは、従業員の働き過ぎを防いでワークライフバランス充実をはかるためです。日本では有給休暇の取得率が低く、長時間労働による過労死なども以前から問題視されてきました。
つまり、有給休暇の義務化は従業員の権利を守るため、そして健康に働き続けられる職場にするために定められた制度であるといえます。
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義務化背景にある課題
働く人々のワークライフバランスを整えるために義務付けられた「年5日の有給休暇」。その背景にある、有給休暇取得率の低さや、常態化する長時間労働といった課題についても理解しておきましょう。
有給休暇取得率の低さ
有給休暇は労働者の権利であるにもかかわらず、その取得率は低いのが日本の現状です。厚生労働省の「令和2年就労条件総合調査」によれば、2019年度の有給休暇取得率は労働者1人あたり56.6%となっています。
前年度の56.3%よりも上昇していますが、2025年までに70%以上を目指すという政府の数値目標からはまだかけ離れており、有給取得率の低さがわかります。
参照:令和3年就労条件総合調査 結果の概況|厚生労働省
職場への気遣いや業務量の多さなどがこの結果につながっていると考えられますが、ワークライフバランスの充実をはかるためにも、この課題は解消しなければなりません。
有給取得を制度化すると、労働者が周りに気を遣うことなく有給を取りやすい環境をつくることができます。これが、年5日の有給取得が義務付けられた大きな目的です。
労働環境を大きく見直す働き方改革
有給休暇の義務化は、働き方改革の一環として実施されています。労働環境を大きく見直して働きやすい環境をつくるため、2019年4月からさまざまな関連法が施行され働き方改革が進められてきました。
その軸は「柔軟な働き方の推進」「長時間労働の解消」「雇用形態による格差の解消」の3点となっています。有給休暇を取りやすくするのは、健康リスクも高い長時間労働を解消するための一つなのです。
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有給休暇義務化の対象者と付与日数
有給休暇を年5日取得させなければならないのは、正社員だけではありません。ここでは、「どんな従業員が対象となるのか」「いつからいつまでの間に5日取得させればよいのか」など、対象者と付与日数について解説します。
義務化の対象者
義務化の対象となるのは、有給休暇付与日数が10日以上の労働者(管理監督者や有期雇用労働者を含む)です。下記の条件をすべて満たす労働者が該当し、正社員・契約社員など雇用形態に関わらず対象となります。
①雇用した日から6カ月間継続して雇われている
②全労働日の8割以上出勤している
③所定労働時間が週30時間以上、もしくは所定労働日数が週5日以上(年間216日以上)
なお、③に該当しない労働時間・日数の少ないパートタイム労働者などの有給休暇は、所定労働日数に応じて付与されます。年5日の取得義務の対象となるかどうかは、付与日数を確認しましょう。
有給休暇の付与日数
有給休暇の付与日数は、継続勤務年数や所定労働日数によって異なります。
フルタイム労働者(正社員など)
上記で述べた①②③の条件をすべて満たしている、職場で定められている勤務時間帯をフルに勤務するフルタイム労働者は、雇用形態に関わらず10日以上の有給休暇が付与されるため、年5日の取得義務対象となります。なお、継続勤務年数ごとの付与日数は以下のようになっています。
参照:年5日の年次有給休暇の確実な取得 わかりやすい解説|厚生労働省
パートタイム労働者など
労働時間・日数の少ないパートタイム労働者などは、所定労働日数に応じて有給休暇が付与されます。そのため、年5日の取得義務対象となる(10日以上有給休暇が付与される)のは以下の通りです。
・週4日(もしくは年169~216日)勤務、かつ3年6カ月以上継続勤務
・週3日(もしくは年121~168日)勤務、かつ5年6カ月以上継続勤務
また、いずれの場合も直近1年間の出勤率が8割以上となっている必要があります。
参照:年5日の年次有給休暇の確実な取得 わかりやすい解説|厚生労働省
有給休暇付与のタイミング(取得義務の基準日)
使用者は、各労働者へ有給休暇を付与した日(基準日)から1年以内に5日間の有給休暇を取得してもらわなければいけません。ただし、この「基準日」は各企業の規定によって時期が異なりますので、具体例を見ながら解説していきます。
①法令通り入社6カ月後に付与する場合
法令通り雇用から6カ月後に8割以上出勤している従業員へ有給休暇を10日以上付与する場合は、その有給休暇を付与した日が基準日となります。
4月1日に入社して、8割以上の出勤率で6カ月が経った従業員に対して、法令通り10月1日に有給休暇を10日付与するのであれば、10月1日から1年以内で5日間の有給休暇を取得させる義務が発生します。
②法定基準日より前に付与する場合
法定の基準日は雇用から6カ月後となっていますが、それより前に有給休暇を付与する場合は、付与日数が10日に達した日が基準日となります。
4月1日の入社と同時に10日付与するのであれば、4月1日から1年以内で5日間の有給休暇を取得させる義務が発生します。
4月1日の入社と同時に5日付与、その後10月1日に5日付与する際は、付与日数が10日に達した10月1日から1年以内で5日間の有給休暇を取得させる義務が発生します。ただし、4月1日から10月1日までの間に従業員が有給休暇を取得していたら、その日数は取得義務の「5日間」から差し引かれます。
③有給休暇の取得義務期間が重複する場合
全社で管理がしやすいように入社2年目以降の有給休暇付与日を統一する場合など、取得義務期間が重複することがあります。その際は前の期間と後の期間を合算して、その長さに応じた日数を期間内に取得させることも可能です。
1年目の基準日が2021年10月1日、2年目の基準日は2022年4月1日になるケースでは、合算した2021年10月1日~2023年3月31日までの間に、「当該期間の月数÷12×5日」で按分した7.5日間の有給休暇を取得させればよいとされています。
0.5日間の取り扱いについては、労働者が半日単位での取得を希望しこれに応じる場合は0.5日間(上記なら7.5日間)、それ以外は1日間(上記なら8日間)となります。
有給休暇義務化を違反した場合の罰則
この義務に違反すると、企業に対して従業員1人あたり30万円以下の罰金が課される可能性があります。具体的には下記の場合が該当します。
【罰則対象】
・対象となる労働者に年5日の有給休暇を取得させなかった場合
・使用者による時季指定について、就業規則へ規定しなかった場合
・従業員の請求する時季に所定の年次有給休暇を与えなかった場合
罰則は労働基準監督署の裁量によって決まるため、すぐには罰金が課されないこともありますが、制度に違反していると指導や是正勧告の対象となり企業イメージを損なうことにつながります。
また、年次有給休暇管理簿を作成して3年間保存することも義務付けられています。この義務に違反した場合の罰則はありませんが、必ず管理簿の作成と保存も行いましょう。
有給休暇義務化に関する注意点
上記で述べた罰則以外にも、有給休暇義務化についてはさまざまなルールが定められています。
従業員が自ら有休を取得していれば指定は必要ない
従業員が自ら有給休暇を5日取得していれば、企業が追加で取得させる必要はありません。ただし、5日に満たない分については、企業が時季を指定して取得させなければなりません。
従業員からの申し出・企業からの時季指定に関わらず、年5日の有給休暇を取得させることが制度の趣旨となっています。
従業員の希望に沿った取得時季を指定する
取得の時季指定をする場合は、従業員の意見を聞き尊重するよう努めなければならないとされています。「この日に取ってください」と勝手に決めるわけではなく、あくまでも従業員の希望に沿った取得時季を指定します。
また、企業側から有給休暇取得の時季を指定するのであれば、「対象となる労働者の範囲及び時季指定の方法等」を就業規則へ記載しておく必要があります。
有給休暇は2年繰り越せる
付与した年度中に取得されなかった有給休暇は、翌年へ繰り越すことができます。その請求権(有効期限)は労働基準法第115条によって2年と定められており、2年が経過したものは失効となります。
賃金減額など不利益な取扱いは禁止
有給休暇取得の義務化へ対応するためには、取得日数を管理する必要があります。ここでは、従業員の有休取得を促進するための2つの方法を解説します。
有給休暇取得を促進する2つの方法
有給休暇取得の義務化へ対応するためには、有給休暇の取得日数を管理する必要があります。管理方法として、個別指定方式や計画年休制度を導入するとよいでしょう。
①従業員本人に任せる(個別指定方式)
個別指定方式とは、有給休暇の取得について基本的には従業員本人へ任せる方式です。企業は各従業員の状況を確認し、期限内に5日取得できなさそうな従業員に対して取得日を指定します。
たとえば「基準日より1年の期間が終わる1カ月前までに有給休暇を5日取得できていない従業員については、会社が取得時季を指定する」といった就業規則を定め、実行します。この方法は、年5日以上の有給休暇を取得している従業員が多い企業に合った方法といえます。
メリット
・従業員が自由に有給休暇を取る権利が尊重される
・企業による時季指定の柔軟性が高い
・労使協定は不要
デメリット
・各従業員の有給休暇を管理する手間が必要
・短期間にまとめて休暇を取る従業員が多数発生し、業務に支障が出るリスクがある
②あらかじめ日程を決めておく(計画年休制度)
計画年休制度とは、企業と労働者代表との労使協定によって有給休暇の日にちをあらかじめ決める方法です。この制度を導入することで、計画的に5日間の有給休暇を取得させることが可能になります。
たとえば、お盆やゴールデンウィークなど特定の日を全社員の有給休暇としたり、部署や事業部ごとに休みを決めたりといったことができます。有給休暇取得率が低い企業に合った方法といえるでしょう。
メリット
・個別に有給休暇を管理する手間が不要になり、労務管理がしやすい
・計画的に休暇の日を決められるため、事業の見通しが立てやすい
デメリット
・先に労使協定を結ぶ段取りが必要
・企業側の都合によって日程を変えづらい
有給休暇の取得促進がもたらすメリット
有給休暇が取りやすくなると労働者にとってのメリットが大きいように思われがちですが、取得を促すことで企業にもメリットがあります。
労働意欲・生産性の向上
休暇を与えると従業員は心身ともに疲れを癒すことができるため、労働意欲や生産性の向上が期待できます。個人のパフォーマンスが上がることでチームの成果につながり、ひいては企業の業績アップも期待できるでしょう。
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人材定着率アップ
無理なく休みが取れ職場になると、ストレスも軽減され雰囲気も良くなります。また、従業員ひとりひとりのワークライフバランスを充実させることができます。雰囲気が良く働きやすい職場をつくることで、離職者が減り人材定着率が上がりやすくなります。
採用力強化
有給休暇が取得しやすい企業は、求職者にとっても魅力的です。いわゆるブラック企業のように従業員を酷使することなく、個人のプライベートを大切にしている企業であるとアピールできるため、採用活動も有利になり優秀な人材を確保しやすくなります。
有給休暇取得率を上げる11の方法
従業員にとっても企業にとっても、メリットがある有給休暇。では、今よりもさらに従業員に有給休暇を取得してもらうためには、どのような施策を行えばよいのでしょうか。
有給休暇取得を促すための11の方法を紹介します。
働き方の見直しを行う
取得率が低い原因が業務量の多さにある場合、まずは働き方やシステム、業務の内容を見直すことも大切です。たとえば、フレックス制やリモートワークなど柔軟な働き方を取り入れることで働き手が増えれば、一人ひとりの業務負担が軽減されて有給休暇を取りやすくなるかもしれません。
ほかにも「誰かが休んでもフォローできる体制を整える」「一部の従業員に業務が偏らないよう考慮する」といった仕組みを整えていくことも必要になります。
取得の理由まで求めない
企業によっては、有給休暇を申請する際に取得理由を求める場合があります。しかし、気軽に休むことができず「上司を納得させられるような取得理由ではない……」と休暇を申し出にくい雰囲気を与えかねません。
法律上、有給休暇の取得理由は説明義務はありません。「私用のため」で十分とされているため、従業員が不要な心配なく休暇が取れるようにしましょう。
有休の取得期限を明示しておく
有給休暇は2年繰り越すことができますが、具体的な期限がなければ延び延びになってしまい、結果として取得率低下を招いてしまいます。
労務管理を行う担当者だけでなく、従業員自身が期限を把握できるように明示しておけば忘れることもありません。あらかじめ期限が設定されていることで、有休の計画的な取得を意識付けることができます。
マネジメント層が率先して取得する
有給休暇は労働者の権利であるにもかかわらず、「昇進査定に影響するかもしれないから」「上司が嫌な顔をするから」といった理由により取得しにくいと感じている労働者も多く存在します。
気兼ねなく有給休暇を取得できる雰囲気をつくるためには、マネジメント層から従業員へ取得を促すことが有効です。また、マネジメント層が率先して有給休暇を取得すると、従業員も休みを取りやすくなるでしょう。
「有給休暇取得促進」チームをつくる
上司以外にも、周りの同僚が積極的に有給休暇を取得していれば、心理的な負担がなく休みを取ることができます。そのために、有給休暇取得促進チームを作るのも良いでしょう。
社内にそのようなチームを設けることで、企業として休暇取得を推進していることが分かり、従業員の安心感だけでなく求職者へのアピールポイントにもなります。また、チーム結成により従業員同士の横のつながりも広がり、結束力の強化も期待できます。
多目的休暇を設ける
企業の業務形態に応じた、多目的休暇を設けるのも一つの手です。たとえば、家族の誕生日や結婚記念日などに休むことができるアニバーサリー休暇や、自己研鑽のための休暇などが挙げられます。
この施策は企業それぞれのカラーを反映させられるため、あらかじめ従業員がどのような休暇を求めているのかを調査したうえでユニークな制度をつくれば、既存の従業員にも求職者にもうれしい制度となるでしょう。
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計画年休制度を活用する
計画年休制度を活用すると、計画的に有給休暇を取得させることができます。計画の対象にできるのは、付与日数から5日を除いた日数分です。
従業員は周りに気を遣うことなく休みが取れ、企業としては事業の見通しが立てやすくなるため、取得率が低い職場にとってはメリットの大きい方法です。
年次有給休暇取得計画表を作成する
「年次有給休暇取得計画表」を作成して、個々の有給休暇希望日を調整することもできます。各従業員に指定してもらった希望日をもとに、同じ日に多数の従業員が休んでしまい業務が滞るといったことがないよう調整して、有給休暇の計画を立てていきます。
管理・調整の手間はありますが、確実に有給休暇を取得させることができて、かつ従業員の希望にも沿いやすい方法であるといえます。
半日単位や時間単位での取得を可能にする
半日単位や時間単位で取得できるようにすると、午前中で済む用事や通院などでも気軽に有給休暇を使いやすくなるため、取得率は上がると考えられます。
2010年に改正労働基準法により導入された、労使協定を結ぶことで年間5日を上限として時間単位で休みを取得できる制度「時間単位年休」も活用できます。
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インセンティブを設ける
従業員が自ら有給休暇を取得したくなるように、インセンティブを設けるのも有効です。たとえば、取得日数に応じてポイントを付与し、貯まったポイントは景品に交換できるようにする、といった方法が考えられます。
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社内旅行を推進する
従業員が休みやすい環境を整えるのと同時に、休みたくなるような制度を導入するのも効果的です。日々の業務から一旦離れて、オンとオフを切り替えられるような旅行を企業が費用負担をするなど、「楽しめる」要素を積極的に入れるのも良いでしょう。
実際に、マルセイバターサンドで有名な六花亭製菓では、6名以上メンバーがいれば旅行費用の70%(年間20万円まで)が補助されます。有給休暇消化率の高い同社らしい取り組みだといえます。
年5日の有給休暇で働きやすい環境を実現しよう!
働き方改革による変化は有給休暇の年5日取得義務だけでなく、さまざまな制度に影響を及ぼしています。それに伴い、企業は従来の働き方を見直し、従業員が働きやすい環境を整えていかなければなりません。
少子高齢化による労働力不足の対策として、多様かつ柔軟な働き方ができるような取り組みが求められる今、「どんな法改正がなされたのか」「自社はどんなことをする必要があるのか」といった基本をしっかり押さえておきましょう。
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