近年の深刻な人材不足は、さまざまな業界・職種に大きな影響を及ぼしています。政府にとっては、労働力減少・少子高齢化をはじめ、あらゆる問題が関連する重要課題のひとつともいえるでしょう。
労働力減少に歯止めをかけ人材確保・定着率アップを目指すには、政府が推進する働き方改革、各企業の積極的な人材採用活動・育成以外にもできることはあるはずです。
最近では「健康経営」という言葉が注目を集めているように、社員の健康管理に対して積極的に投資することが、ひいては企業の活性化、生産性向上へ導くと期待されています。社員の健康管理は企業にとって重要課題であり、医学的な知識を持つ産業医の存在が欠かせません。
出典元:
産業医について~その役割を知ってもらうために~|厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署
産業医は、企業の労働者数によってその選任義務が定められています。本記事では、産業医を選任すべきタイミングをはじめ、産業医が果たす役割や選び方・探し方について具体的に解説していきます。企業にとってよりマッチする産業医を選任するためにも、ぜひ参考にしてみてください。

産業医を選任するタイミングとは?
産業医とは、すべての企業が選任すべきものではありません。労働安全衛生法により、労働者が50人以上になった「事業場」に対して選任義務があります。事業場とは1つの企業という意味ではなく、支店・営業所など、それぞれの所在地が1つの事業場という計算です。
また労働安全衛生規則において、事業場で労働者が50人以上になって14日以内に、産業医の選任および所在地を管轄する労働基準監督署長への「選任報告書」提出義務があります。たとえば複数の事業場を持つ企業であれば、それぞれの事業場において労働者が50人以上になった時点で、それぞれ産業医を選任する必要があるでしょう。
ここでいう労働者とは、常用の雇用者、パート・アルバイト・請負など臨時の雇用者を含めたすべての労働者をあらわします。臨時の労働者数が不定期で変動する事業場などは、産業医を選任タイミングに注意しながら適切な時期を判断すべきです。
産業医の人数や形態については、全労働者数によって異なります。
・50人以上3,000人の場合、1人以上の産業医を選任
・3,000人以上の場合、2人以上の産業医を選任
このうち、1,000人以上および労働安全衛生規則第 13 条第 1 項第 2 号に定められた業務において常時500人以上が働く事業場では、「専属」の産業医を選任しなければなりません。
※労働安全衛生規則第 13 条第 1 項第 2 号
イ 多量の高熱物体を取り扱う業務及び著しく暑熱な場所における業務
ロ 多量の低温物体を取り扱う業務及び著しく寒冷な場所における業務
ハ ラジウム放射線、エツクス線その他の有害放射線にさらされる業務
ニ 土石、獣毛等のじんあい又は粉末を著しく飛散する場所における業務
ホ 異常気圧下における業務
ヘ さく岩機、鋲打機等の使用によつて、身体に著しい振動を与える業務
ト 重量物の取扱い等重激な業務
チ ボイラー製造等強烈な騒音を発する場所における業務
リ 坑内における業務
ヌ 深夜業を含む業務
ル 水銀、砒素、黄りん、弗化水素酸、塩酸、硝酸、硫酸、青酸、か性アルカリ、石炭酸その他これらに準ずる有害物を取り
扱う業務
ヲ 鉛、水銀、クロム、砒素、黄りん、弗化水素、塩素、塩酸、硝酸、亜硫酸、硫酸、一酸化炭素、二硫化炭素、青酸、ベン
ゼン、アニリンその他これらに準ずる有害物のガス、蒸気又は粉じんを発散する場所における業務
ワ 病原体によつて汚染のおそれが著しい業務
カ その他厚生労働大臣が定める業務
引用元:
労働安全衛生規則 第二章 安全衛生管理体制(第二条-第二十四条の二)
産業医の選任は法律で義務化されています。上記で挙げたように労働者が50人・500人(上記で挙げた一部の業務)・1,000人・3,000人となったときを産業医選任のタイミングとし、ボーダーラインと考えておくといいでしょう。
産業医の役割について
産業医の役割は、「健康管理」「作業管理」「作業環境管理」「労働衛生教育」「統括管理」の大きく5つに分けられます。以下で具体的に見ていきましょう。
健康管理
健康診断の実施やその後の措置、面接指導といった職務を通じ、労働者の健康管理に努めます。健康状態を把握したうえで労働環境との関連がないか見極め、職業性の疾病を未然に防ぐ重要な役割です。また生活習慣病の予防管理のほか、メンタルヘルスケアに関する指導・助言なども行ないます。
作業管理
高気圧作業や重い荷物を取り扱う作業など、作業方法や姿勢について十分な対策が必要な作業(有害作業)に対する管理も産業医の重要な職務です。有害作業方法の点検や日常における管理についての助言、必要に応じた改善、問題点指摘、改善方法の評価へ助言などを行ないます。
また、保護具の選定や使用などへの助言・指導、作業方法の快適化も含まれます。過重労働で健康障害が出ることを防止するための作業管理など、職務内容は多岐にわたります。
作業環境管理
それぞれの職場労働環境によっては、健康に有害なリスクを及ぼす有害要因も存在します。どのようなリスクがあるのか判断したうえでリスクの排除・制御を行ない、労働者の健康を保持することに努めます。
たとえば化学物質などの化学的因子、高温・騒音などの物理的因子といった有害性についての情報管理をはじめ、作業環境が労働者の健康障害を引き起こさないよう管理する重要な役割です。
労働衛生教育
主に労働衛生教育に関する助言・指導をはじめ、講習会などの情報収集や受講奨励・企画などの助言も行ないます。労働衛生教育においては対象者や教育の範囲・時間などが定められており、対象者別に適切な教育実施をする必要があるため、産業医の助言が需要です。
また、健康に配慮する職場の雰囲気づくりにも重要な役割を担います。生活習慣病予防やメンタルヘルス・自殺防止・エイズなどさまざまな健康教育に関する職務も含まれます。
統括管理
先に挙げた「健康管理」「作業管理」「作業環境管理」「労働衛生教育」の4つが適切に行われるよう、管理体制を構築して各種規程を整備し、年間計画も策定します。経営者・労働者含め労働衛生への認識や知識を備えるよう努めることが重要です。
産業医の法的な要請として、「職場巡視」「衛生委員会への参加」があります。事業場内での各種対応・活動をはもちろん、緊急事態の対応や外部との連携など、労働衛生管理の基盤を整備するまとめ役です。
参考元:
・
産業医の職務
産業医の選び方
産業医の選び方についてはいくつか方法があります。ここでは要件や平成29年4月1日に施行された労働安全衛生規則の改正内容をはじめ、探し方・選び方について解説してきます。
産業医の要件
産業医は、その名の通り医師であることが前提です。厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署作成のパンフレット「産業医について」では、以下の通り産業医の要件が明記されています。
(1)厚生労働大臣の指定する者(日本医師会、産業医科大学)が行う研修を修了した者 (2)産業医の養成課程を設置している産業医科大学その他の大学で、厚生労働大臣が指 定するものにおいて当該過程を修めて卒業し、その大学が行う実習を履修した者
(3)労働衛生コンサルタント試験に合格した者で、その試験区分が保健衛生である者
(4)大学において労働衛生に関する科目を担当する教授、准教授、常勤講師又はこれら の経験者
引用元:
産業医について~その役割を知ってもらうために|厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署
平成29年4月の法改正による禁止事項
産業医は医師である必要があります。なかには社会福祉法人や医療法人など、事業場の代表者が医師である場合もあります。代表者が医師で産業医と兼務していた場合、労働者の健康管理より事業の利益を重視するリスクがあると想定し、平成29年4月1日に労働安全衛生規則が改正されています。
具体的な内容は、産業医として法人の代表者などを選任することの禁止です。企業の利益にとらわれることなく、労働者の健康管理を行なえる環境が整えられています。
産業医「嘱託」と「専属」ではどう違うの?
労働者の人数や業務内容によっては、産業医が「嘱託」でいいのか「専属」でなければならないのかが異なります。そこで、嘱託・専属の違いについてここで具体的に見ていきましょう。
嘱託とは、通常は個人の開業医であったり勤務医であったり、別の勤務先がある医師が、1カ月のうち1~数回程度企業へ訪問する形式です。1回は数時間程度ですが、その時間内で労働者の希望に応じ、健康相談などに対応します。嘱託産業医の場合、複数の企業に選任されている場合もあります。
一方で専属とは、その事業場に所属する産業医です。専属の場合、他企業との兼務は禁止かといえば、そうではありません。専属での職務に支障をきたさないことなど一定の条件のもと、非専属の産業医を兼務が認められています。また、事業場間で徒歩や各種交通手段などで1時間以内の距離にあることも条件のひとつです。
参考元:
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専属産業医が他の事業場の非専属の産業医を兼務することについて
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専属産業医が他の事業場の非専属の産業医を兼務する場合の事業場間の地理的関係について
・
嘱託社員とは?派遣社員/契約社員との違い、給与体系や待遇、契約時の注意点など
産業医の主な探し方
産業医を探すにはいくつかの方法があります。
・医師人材紹介会社などに対して紹介を依頼
・所在地にある医師会に相談し、紹介してもらう
・企業に従事する労働者の人脈で探し、依頼する
・現在、企業の健康診断をお願いしている健診機関に相談する
産業医として選任するには、ある程度信頼のおけるルートで探すことが重要です。悪い評判を耳にするような医師だと、適切な相談・指導を受けられない可能性もあるので、次に解説する産業医の選び方にも気をつけながら、企業にマッチする産業医を探しましょう。
産業医の選び方のコツとは?
産業医の役割は多岐にわたります。一方で、昨今ではメンタルヘルスへの対策に重きを置いている企業も多く、産業医に対してもストレス関連対策などに注力してもらう傾向があります。
こうした背景もあり、産業医を選ぶにあたって「精神科医がいいのでは」と考える企業も少なくありません。しかし精神科医であれば産業医として適任というわけではないのです。、産業医は、企業と労働者の間に立つ中間的な役割を果たします。双方の意見を中立の立場で、より良い方向性へ導くスキルが欠かせません。
また、医師というスキル面だけで産業医を選任するのではなく、コミュニケーションスキルが大きなカギを握ります。技術的に優れていても、事業者・労働者の話をうまく聞き出すのはもちろん、その企業の労働環境を踏まえたうえで最適なアドバイスや情報提供を行える能力が必要です。
中立的な立場でありながら、必要な場面では医師として主体的な発言をしてくれることも、産業医選びの大きなポイントです。
50名以下の企業について
事業場内で労働者が50名未満の場合、産業医を選任することは義務づけられていません。しかし、医学に関する必要な知識を保有している医師などに、50人以上の場合と同様の健康管理が行えるように努めなければならないとされています。一方で、50人未満の事業場でそれぞれに医師を確保するのは非常に難しい場合も少なくありません。このような場合に利用される目的で、各都道府県に設置されているのが「地域産業保健センター」です。
比較的小規模の事業場の労働者や事業主を対象として、保健指導・健康相談・面接指導・各種情報提供といった産業保健サービスを無料で受けることができます。50人以下の事業所であっても、企業の発展に貢献してくれている労働者の健康管理を行なうのは企業の務めでもあります。事前に申し込みが必要ですが、無料で利用できるのでぜひ活用してみましょう。
参考元:
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産業医について~その役割を知ってもらうために~|厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署
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主な用語の定義
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一般社団法人日本産業カウンセラー協会「働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト『こころの耳』」(厚生労働省委託事業)
まとめ
人材不足は国内全体が抱える問題であり、どの企業でも積極的な対策を行なっていく必要があります。優れた人材を確保するために人材採用活動を改善するのはもちろん、確保した人材がいかに「この企業で長く頑張っていきたい」と思えるかどうかが焦点ともいえるでしょう。
優れた人材がしっかりと企業に定着することで、後に入社する人材の育成および新たな人材の発掘・採用へとつながります。企業が労働者を大切にし、健康管理に努めることで、「もっと企業に貢献したい」という労働者のモチベーションアップも期待できるはずです。
産業医の選任についても、ただの「義務」と思わず、労働者が健やかに働き、生きていけるような環境づくりを徹底していきたいですね。
