少子高齢化と労働人口の減少が進む昨今、優秀な人材の確保は企業にとって重要な課題です。出産を機に離職することなく、子育てと仕事の両立を支援する観点から、企業内保育所は重要な意味を持ちます。
ここでは、企業内保育所の種類やメリットを紹介するとともに、設置に向けた流れを解説します。

企業内保育所とは?
企業内保育所とは、企業のオフィスまたは近隣施設に設置された企業主導で運営する保育所や託児施設を指します。子どもを持つ女性の社会進出を促進するため、女性従業員が多い職場で企業内保育所を設置するケースが増えています。
企業内保育所は、働き手にとって、働く場所と子どもを預ける場所が近いという点で、子育てと仕事の両立をサポートする存在です。また、子育て世代の就労サポートに積極的であるという、企業のブランディングにもつながります。
企業内保育所が広まった背景
企業内保育所が広まった背景には、働き手の多様化、共働き世帯の増加、そして「待機児童」に代表されるような託児所の不足問題があります。
育児中人材の確保の必要性
日本社会は少子化にともなう急激な人口減少が予測されており、2050年には人口が1億人を切るといわれています。そのなかで、15歳~65歳の労働人口も同じく減少し、40年後には現在よりも4割減少すると予測されています。
ひと昔前は、結婚や出産を機に女性従業員が離職するケースは珍しくありませんでした。しかしながら、労働人口の減少に伴い、企業は育児中の人材の確保の必要性に迫られています。育児でキャリアを中断させることなく、就労を続けられる環境を整えることが、結果として企業内で経験豊富な人材を育成することにつながるのです。
参考:2050年までの経済社会の構造変化と政策課題について
託児所不足問題
企業内保育所が注目されるようになった背景には、託児所不足による待機児童問題があります。保育所に入りたくても入れない待機児童の数は、平成29年には26,000人以上に上り、一時期社会問題としても取り上げられました。令和3年の調査では、待機児童の数は約5,600人と減少しているものの、「託児所に預けたい人が、すべて預けられる」わけではないのが現状です。
子どもを持ち、働きたい人が、働きたいときに働ける。企業内保育所は、そのような社会の実現を支援します。
参考:令和3年4月の待機児童数調査のポイント
女性の社会進出
女性の社会進出、就業率の増加も、企業内保育所の需要増と関係しています。政府の調査によれば、昭和61年に57.1%だった女性の就業率は平成28年には72.7%と、30年間で15.6%上昇しました。また、上昇幅の半分は平成18年から28年の10年間のものであり、急速に働く女性が増えたことから、託児所の必要性も高まったといえます。
参考:男女共同参画白書 平成29年版
企業内保育所の種類
企業内保育所は、自治体の認可を受けているものや、国の助成を受けているものなど、いくつかの種類にわけられます。
認可保育所(事業所内保育所)
企業内に設置された認可保育所は、事業所内保育所と呼ばれ、国の定める一定の基準を満たした保育所のことをいいます。各地方自治体の認可を受けており、公的な補助があるため、保育料を抑えられる点がポイントです。
認可をうけるためには、衛生管理、施設の広さ、職員の人数など、いくつかの基準を満たす必要があります。基準の詳細は、各地方自治体によって異なります。
企業主導型保育所(企業主導型保育事業)
企業主導型保育所とは、平成26年からはじまった内閣府主導の企業主導型保育事業の枠組みで設置された保育所を指します。
設備など、認可保育所と同等の基準を満たすことで、国から助成金を受けられる点が特徴です。企業が単独で設置する「単独設置型」、複数の企業で設置する「共同設置・共同利用型」、保育事業者が設置した施設を企業が利用する「保育事業者設置型」があります。
夜間や休日など、働き方に合わせた運営時間を設定できるほか、地域枠として地域の子供たちを受け入れ、経営の安定化を図るなど、企業が運営する上でさまざまなメリットがあります。
参考:企業主導型保育事業パンフレット
認可外保育所
認可外保育施設とは、各地方自治体の認可を受けていない保育所を指します。認可外保育所の例としては、小さな保育所やベビーホテル、深夜に運営している保育所などが挙げられます。認可外保育所の場合、助成金等を受けていないため、保育料が割高になる傾向があります。企業内に設置された保育所でも、上述の認可保育所の基準に当てはまらない範囲で運営されるものは、認可外保育所となります。
認可外保育所は、独自の運営方針を掲示しているところもあり、英語や早期幼児教育などに力を入れている保育所もあります。
託児スペース
託児スペースとは、企業内に主に乳幼児を対象として設置されたスペースをいいます。自治体への届出などは必要なく、設備が整えば、従業員が利用できる点がメリットです。ただし、助成金等は受け取れないため、保育スタッフの確保など、安定的な運営についてしっかり検討する必要があります。
保育料の相場は?
企業主導型保育所として運営する場合、助成金を受けている関係から、事業者は合理的な理由なく必要以上の保育料を利用者に請求することはできません。
利用料の水準は、「利用者負担相当額」として、認可保育所と同等の金額が定められています。
【利用者負担相当額/一人あたり月額】
4歳以上児:23,100円
3歳児:26,600円
1、2歳児:37,000円
0歳児:37,100円
参考:企業主導型保育事業ポータル
もし、認可や助成金などを受けず、認可外保育所として運営する場合、国の調査によれば月額の利用料金としては、0歳~2歳で「3~5万円未満」、3歳~6歳(就学前)で「1~3万円未満」が最も割合の多い価格帯です。
【企業】企業内保育所を導入するメリット・デメリット
企業内保育所の導入は、従業員の離職率低下や企業イメージの向上等、事業活動を成長させる上でのメリットが期待できます。一方、安全で健全な運営を維持するための負担も考えなければなりません。以下に、企業内保育所を導入するうえで、企業側からみたメリット・デメリットを解説します。
企業が期待できる4つのメリット
企業が期待できる大きなメリットとしては、育児を理由に離職する従業員を減らせる点にあります。現在育児中の社員の支援のみならず、次世代の社員に対してのアピールにもなるでしょう。
①育児を理由とした離職の低下
企業で働く女性にとって、出産は離職のひきがねとなります。現に2019年に政府が発表した調査によれば、第1子を理由に離職する女性の割合は46.9%です。過去30年間で出産退職の割合は減少傾向にあるものの、依然として多くの女性が出産をきっかけに退職を選択している現状があります。
出産を機に退職を選ぶ背景にあるのが、子育てと仕事の両立の難しさです。託児所が見つからない、認可外では保育料が高すぎるなど、さまざまな理由が就業継続の妨げとなっています。そのようななかで、企業内保育所の存在は、仕事の継続を後押しするでしょう。
②育児中の従業員への両立支援となる
託児所が見つかったとしても、育児中の従業員にとって、子育てと仕事の両立には難しい場面が付きまといます。たとえば、入所した保育所が通勤先とも自宅からとも離れているというケースは、決して珍しくありません。そのような場合、通勤にかかる時間をこれまでよりも長く計算する必要があります。
勤め先に保育所があれば、送り迎えの時間の心配を減らすことができます。
③企業イメージの向上
企業内保育所の存在は、企業ブランディングにも一定の効果が期待できます。新卒採用でも、「長く就労できるか」「子どもを生んだ社員のキャリア」について関心を持っている学生は少なくありません。子育て世代への支援という形で、ポジティブなイメージをもたらすでしょう。
④地域への貢献
前述のとおり、待機児童の数は減少しているものの、解消したとは言い切れないのが現状です。企業内保育所は、従業員の子どもだけでなく、地域枠という形で保育所のある地域に住む子供たちを受け入れることができます。
保育所が増えれば、それだけ地域の待機児童解消につながります。企業内保育所を設けることは、企業の社会貢献につながるでしょう。
導入で企業が考えるべきデメリット
一方、企業内保育所を設立する上での運営にかかる人的負担やコスト面を現実的に考える必要があります。
①設立や運営の負担
企業内保育所の設立にむけて、設置方法や運営方法などさまざまな点を慎重に検討する必要があります。多くの企業にとっては、はじめて経験する事柄です。適切な人材を選定し、普段の業務とは別に、設立のために準備を進める必要が出てきます。
設立準備では、自社単独設置か複数企業設置かといった基本的な事柄から、自社での直接運営か保育事業者へ委託するかという現実的な部分、そして、預かる子どもの年齢や人数などの社内ニーズの把握など、多方面での調整が発生します。
運営開始後も、必要な保育士の確保、保護者との連携など、子どもも保護者も安心して利用できる保育所のために、専任の担当者や担当チームなどを設ける必要があるでしょう。
②コスト面
企業内保育所の設立にあたっては、施設設備の面と運営費の面で国の助成金が活用できるものの、申請から承認までは時間がかかります。助成金を申請するための書類は、資金計画書や保育所の保育方針、建築整備内容の法令チェックシートなど、専門的な知識を有するものも多くあり、企業内で計画が固まったとしても、企業内保育所の設立に着手するためのまとまった資金が必要です。
【従業員】企業内保育所を導入するメリット・デメリット
企業内保育所を設置することで、従業員が得られるメリット・デメリットについても見てみましょう。
従業員が感じる3つのメリット
従業員にとっては、保育所への送迎に時間がとられないことや、働き方にあわせて利用できる点がメリットとなります。
①送迎に時間を取られない
企業内、もしくは企業の近くに設けられた保育所に子どもを預ける場合、送迎に時間をとられません。子どもを保育所に預けてすぐに勤務を開始できます。またオフィスと保育所の場所が近ければ、急な残業が発生した場合の影響も最小限に抑えることができます。
②土日や祝日も利用できる
企業内保育所は、従業員の働き方にあわせて設置されています。そのため、土日や祝日など平日以外に勤務がある従業員も、利用しやすくなっています。「子どもの預け先がないから、仕事ができない」といった悩みを解消してくれる存在です。
③子どもとの距離が近い
働いている場所のすぐ近くに子どもがいることから、親である従業員は安心して働けます。急な発熱など、もしものときの対応も柔軟に行えるでしょう。
企業内保育所のデメリット
一方、企業内保育所については、保育の質や施設についての不安の声もきかれます。
①保育の質への不安
そもそも保育事業の経験がない企業が運営している場合、保育の質そのものに対して、不安に感じる人もいるでしょう。とくに、国の助成を受けておらず、完全に企業主導で運営されている保育所については、利用する保護者に対して、保育方針や保育士の雇用基準など、明確にしておくことが大切です。
②園庭や体育館を備える施設が少ない
企業内保育所のなかには、小規模で運営しているところもあります。その場合、園庭や体育館といった子どもが身体を動かせるスペースが認可保育所と比較して少なくなります。季節の行事や運動会といった点で制約があり、物足りないと感じる保護者が出てきます。
企業内保育所の設置要件
企業内に保育所を設置し、企業主導型保育事業の助成金を得るためには、国が設定したいくつかの基準を満たさなければなりません。
沿うべき法定基準
企業内保育所の施設および運営方法は、「認可外保育所施設指導監督基準」を遵守している必要があります。例としては、以下の通りです。
施設に調理室、およびトイレが設置されている
トイレの数はおおむね幼児20人につき1つ以上
消火用具、非常口、その他非常災害に必要な設備が設けられている
保育室を2階以上に設ける場合には、防災上の必要な措置を採ること
保育従事者の配置・資格について
保育所の保育士(保育従事者)の人数は、利用する幼児・乳児の数にあわせて定められています。
・乳児……おおむね3人につき1人
・満1歳以上満3歳に満たない幼児……おおむね6人につき1人
・満3歳以上満4歳に満たない児童……おおむね20人につき1人
・満4歳以上の児童……おおむね30人につき1人
※上記の区分に応じた数の合計に「1」を加えた数以上の保育従事者を配置することが必要です。(最低2人配置)
また、保育士従事者の半数以上は保育士資格を有している必要があり、かつそのほかの保育従事者は、自治体の定める「子育て支援員研修」を修了していることが条件となります。
参考:東京都子育て支援員研修
設備について
保育室や遊戯室、屋外遊技場の広さは、入所する乳児・幼児の年齢と人数にあわせて定められています。
0-1歳児
乳児室【1.65m² /人】+ほふく室【3.3m² /人】
※成長に合わせて、乳児室とほふく室を使い分けるため、受入れの計画割合により必要面積をそれぞれ計算する
2歳児以上
保育室又は遊戯室【1.98m² /人】
2歳児以上
屋外遊技場【3.3m² /人】
参考:(1)「企業主導型 保育事業助成金」の概要及び支給額等
企業内保育所の導入検討ステップ
企業内保育所を導入するにあたっての基本的な流れを以下に解説します。
ステップ1.どのように設置・運営するか
企業での単独設置にするのか、複数の共同設置型にするのかといった設置方法を検討します。また、従業員枠のほか地域枠を設けるのかどうかという検討も必要です。共同設置型の場合には、複数の企業で設置にかかる設備費や運営のための経費を分担できるメリットがあります。
運営方法については、自社運営ですべてを自社内のリソースで行う方法のほか、企業内保育所の立ち上げ・運営を行う外部会社に委託する方法があります。外部会社に委託した場合には、設置に向けた物件選定から人材採用など、運営に必要なノウハウを有しているため、社内の負担を軽減させることができます。
ステップ2.社内ニーズの把握
どのような企業内保育所が望ましいのか、社内ニーズを把握しましょう。把握の方法は、従業員へのアンケートや、対象となる従業員へのヒアリングがあります。ニーズの把握を通じて、保育する必要のある子どもの人数や年齢層、保育所の運営時間などがわかります。これらのデータは、保育所の場所や広さを決定する際に活用できます。
ステップ3.自治体への相談
設置に向けた計画が形になってきたら、地方自治体へ相談しましょう。建築基準法や消防法、食品衛生法といった遵守するべき各種法令を確認します。保育所を設置する予定の建物によっては、用途変更のための手続きが必要になります。
ステップ4.設置場所の確認・確保
設置場所の候補を検討します。自社内のオフィスに構えるほか、最寄り駅の近くなど従業員が利用しやすい物件を候補にあげるといいでしょう。郊外に設置するタイプでは、従業員の居住地域に保育所を設ける例があります。
ステップ5.申請手続き
国が案内する助成金制度の条件を満たしているかどうかを確認し、申請手続きを行います。
ステップ6.開所へ向けた準備
保育所の施設の整備を進めるとともに、遊具の購入や人材の採用、教育など開所に向けた準備を進めます。地域枠を開放する場合には、定員割れしないよう、地方自治体と連絡を密にとりながら広報することが重要です。
企業内保育所を導入する企業
最後に、実際に企業内保育所を導入した企業事例をご紹介します。
早朝・夜勤にも対応した保育施設|トヨタ自動車株式会社
トヨタ自動車株式会社では、従業員の多様な働き方をサポートするため、2018年4月に事業所内託児施設をオープンしました。これ以前にもトヨタには3カ所の社内託児所がありましたが、新たに開設した「ぶぅぶフォレスト」は定員320名と大規模な託児所であり、多くの乳児・幼児の受け入れが可能となりました。
また、この託児施設には早朝・宿泊保育が整備されており、同社の交替勤務者の働き方も考慮されています。
参考:トヨタ自動車、事業所内託児施設「ぶぅぶフォレスト」をオープン
地域住民にも開放された企業主導型保育園|東急グループ
東急百貨店などを運営する東急グループでは、東急線沿線に4つの企業主導型保育園を設置しています。グループの従業員はもちろん、地域住民にも開放されており、従業員支援と地域貢献の両方を果たしています。
参考:KBCほいくえん
保育の質にも注力|ヤフー株式会社
ヤフー株式会社では、2018年7月に、同社が入居する東京ガーデンテラス紀尾井町内に、企業内保育所「ヒュッテ」を開設しました。「おはなしとどうぶつ」をテーマとする同保育所では、公益財団法人東京子ども図書館と連携し約500冊の絵本を配備。読み聞かせのプログラムを取り入れるなど、保育の質の面にも注力しています。
参考:企業内保育所「ヒュッテ」を7月2日に開所
女性従業員の就労継続を支援|三井アウトレットパーク木更津
三井アウトレットパーク 木更津では、同アウトレットパーク内に企業主導型保育園である「うみかぜ保育園」を設置しました。大型商業施設という特性上、多くの女性従業員が働いており、勤務先であるアウトレットパーク内にある保育所の存在は、就労の継続、生産性向上に貢献しています。
参考:千葉県 企業主導型保育園「うみかぜ保育園」
企業内保育所の導入には自社のニーズを把握し準備を念入りに進める
企業内保育所には、単独型や複数運営型などいくつかの方法があります。また、オフィス内に設置するのかや事業所の近隣に設置するのかなど、社内のニーズを把握した上で検討することが重要です。保育所の整備・運営には各種法令を遵守する必要があります。保育士の採用など、自社のリソースで行うのが難しいと思われる部分については外部会社に委託するなど、最適な方法を検討しましょう。
