企業の組織マネジメントにおける重要な資質のひとつとして、誠実さや正直さ、倫理的な行動を意味する「インテグリティ(integrity)」という言葉が注目を集めつつあります。特に組織のリーダーや管理職に必要な資質とされていますが、なぜ今、組織マネジメントにインテグリティが求められているのでしょうか。
この記事では、インテグリティという言葉の定義から組織における重要性、インテグリティを身につける方法や企業経営に取り入れている事例までご紹介します。

インテグリティ(integrity)とは?
インテグリティとは、誠実・真摯・高潔といった意味を持つ言葉です。企業経営や組織マネジメントの領域では特に、トップやリーダー、管理職に求められる重要な資質・価値観である「誠実さ」を表す用語として使われています。
インテグリティは、主に欧米の企業において、経営方針や従業員の行動指針として頻繁に用いられている概念です。近年は日本においてもインテグリティの重要性が評価され、さまざまな企業で取り入れられるようになりました。
インテグリティとコンプライアンスとの違い
インテグリティと密接な関係のある概念に「コンプライアンス」があります。コンプライアンスは多くの企業において頻繁に使用されている言葉で、「法律や社会的通年、企業のルールなどを守る」といった意味合いを持っています。
インテグリティとコンプライアンスとの大きな違いは、行動に対する積極性や自主性です。コンプライアンスは「定められたルールを守る」「不祥事を起こさない」という消極的・他律的な考え方を持っています。それに対して、インテグリティは「自主的によい行動を心がけ、企業や社会に貢献する」という積極的・自立的な要素があります。
誠実さのある企業・従業員でなければ、ルールを守り続けるのは難しいでしょう。つまり、コンプライアンス遵守のためには、インテグリティのある状態が必要だと言い換えることもできます。
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企業にとってインテグリティが重要である理由
なぜ企業にとってインテグリティが重要なのでしょうか。その理由には、次のようなものが挙げられます。
コンプライアンス経営を実践するため
「コンプライアンス経営」とは、法律や社会的通念を遵守し、不正・不祥事を起こすことなく顧客との信頼関係を築いていく、という企業の在り方を指します。企業ブランドを守り、企業イメージを向上させていくために必要なのがコンプライアンス経営です。
コンプライアンス経営を実践するためには、従業員一人ひとりの行動がインテグリティのあるものでなければいけません。企業風土としてインテグリティを根付かせ、コンプライアンス経営を実践することは、企業の成長に欠かせないと言えるでしょう。
サービスや商品の品質維持・向上のため
サービスや商品を購入してもらうためには、品質の維持・向上が求められます。常に質の高いサービスや商品を提供するためには、社内で不正が行われないことはもちろん、不正が行われていないかどうかをチェックができる体制を整えておくことも必要です。
企業風土にインテグリティが根付いていれば、不正が行われることもなく、従業員はより良いサービス・商品の提供に努めるでしょう。顧客から企業への信頼性も増し、安心して購入・利用してもらうことができます。
企業を成長させる管理職やリーダーを育成するため
企業の管理職やリーダーは、従業員の行動に影響を与える立場にあり、仕事に取り組む誠実な姿勢が求められます。上司がインテグリティを持った行動を実践していれば、部下たちもその模範に従って倫理的な行動を取るようになります。それが企業の風土として根付いていけば、組織としての成長にもつながっていくでしょう。
部下や同僚をより良い方向へ導き、企業を成長させる管理職やリーダーを育成するためには、インテグリティを身に着けさせることが必須だと言えます。
長期的に事業活動を続けていくため
企業経営を長期的に継続していくためには、インテグリティのある状態が欠かせません。たとえば「商品の品質表示に不正があり、企業イメージが低下した」「成果を上げたのに見合った待遇が与えられず、離職率が上がった」といったことが生じてしまうと、長期的に事業活動を続けていくのは難しくなるでしょう。
こういった事態を防ぐためにも、企業は社外(顧客)・社内(従業員)双方に対して誠実であることが求められます。インテグリティの実践は、働きがいのある職場をつくって企業イメージを向上させ、息の長い企業経営を行うために必要なものなのです。
インテグリティを持つ人材の具体的な特徴
では、どのような人が「インテグリティを持つ人材」なのでしょうか。具体的な特徴としては、次のようなものが挙げられます。
正義感が強く、責任感がある
インテグリティを持つ人は、正義感の強い人物であることが多いと考えられます。社内の不正を許さないという姿勢で、責任を持って仕事に取り組むという正義感があることは、インテグリティを持つ人材の特徴の1つだと言えます。
倫理的で公正・公平な判断ができる
倫理的で公正・公平な判断ができる倫理的な行動を取ることも、インテグリティを持つ人材の特徴の1つです。取引先や顧客に対して差別をせず、部下や同僚に公平な対応を行い、自分の行動が顧客や社会のためになっているのかを考えられることは、大切な要素です。自己の利益の追求にとらわれず常に公正・公平な判断ができる人は、インテグリティを持つ人材だと言えるでしょう。
コンプライアンス意識が高い
法律や社会的通念、企業のルールなどを守るコンプライアンス意識の高さも、インテグリティを持つ人材の特徴です。コンプライアンスを遵守し、不正・不祥事を起こすことなく顧客との信頼関係を築いていける人は、インテグリティを持つ人材であり、企業にとって必要不可欠な存在なのです。
企業全体にインテグリティを浸透させる方法
企業が従業員にインテグリティを浸透させるには、評価制度や社内研修などを活用するとよいでしょう。ここでは、具体的な導入方法をいくつかご紹介します。
インテグリティの必要性を周知する
従業員にとっては、急に「インテグリティを身につけろ」と言われても、どうすればよいのかが分からず戸惑ってしまいます。まずは「企業としてインテグリティの必要性を重視している」ということを、全社に共有することから始めるのがよいでしょう。
繰り返し発信を行い、インテグリティを意識しているということが従業員に伝われば、従業員自身も意識するようになっていきます。ただし、インテグリティはすぐに浸透して身につくものではありません。時間をかけて、根気よく取り組む必要があることを念頭に置いておきましょう。
評価基準にインテグリティを取り入れる
評価基準にインテグリティを取り入れるのも、効果的な方法の1つです。インテグリティの実践が評価につながるとなれば、従業員は評価アップのためにもインテグリティを意識するようになります。評価の基準は「コンプライアンスの遵守度合い」「企業・顧客・チームへの貢献度」などを軸として定めるとよいでしょう。
社内研修でインテグリティについて知ってもらう
インテグリティを浸透させるには、社内全体でインテグリティに関する研修を行うのがよいでしょう。講義形式で目的や理論を説明するだけでなく、ロールプレイやケーススタディを通して、実際のビジネスシーンではどのように考えて行動すべきかが学べるようにすると、理解が深まります。
従業員がインテグリティに興味を持って取り組みやすいように、企業にとっての利点だけでなく、「従業員自身にとって、インテグリティを持つとどのようなメリットがあるのか」を伝えるように心がけましょう。
共感・傾聴のコミュニケーション文化を根付かせる
従業員が自分の意見を率直に述べたり、行動の仕方について考えたりできる環境があると、インテグリティを高めることに繋がります。そのためには、管理職やリーダーが部下の話をきちんと聞き、共感や傾聴を意識したコミュニケーションを心がけるとよいでしょう。
また、部下は上司の行動や姿勢を見て学び、それを模範として行動することが多いものです。上司である管理職やリーダーが共感や傾聴を意識したコミュニケーションを行うことで、部下たちも同じような姿勢で接することができ、互いに尊重し合うコミュニケーション文化が根付きます。これによって、企業全体がより高いレベルでのインテグリティを実践することにもつながるでしょう。
インテグリティの実践に取り組む企業事例5つ
ここからは、実際にインテグリティを企業の方針や価値観として導入し、実践している事例をご紹介します。
「誠実原則」の遵守が最重要と定める|日本ゼネラル・エレクトリック株式会社
日本ゼネラル・エレクトリック株式会社では、企業行動指針の中で「全世界で働く約27万6000人のGEの社員にとって、『誠実原則(インテグリティ)』は何事にも優先するもの」と定めています。さらにリーダーは、「誠実原則」の遵守が最重要であることを、社員に徹底させる責任があるとされています。
また、社員がコンプライアンスの問題に直面したり懸念を抱いたときには上司などに報告すること、相談しづらいことを匿名でも相談できるヘルプラインが用意されていること、その報告や情報提供を行った者への報復をしてはならないことが、全社員に対して周知されています。
参考:わが社の企業行動指針|日本ゼネラル・エレクトリック株式会社
創業以来「正道を歩む」ことを指針とする|花王株式会社
花王株式会社は、創業以来「正道を歩む」、つまり法と倫理に則って行動し、誠実で清廉な事業活動を行うことを指針としている企業です。社内に対しては、「正道を歩む」を具体化した「花王ビジネスコンダクトガイドライン」を定めています。
また、このガイドラインをより効果的に徹底するために行われているのが、重大なコンプライアンスリスクを低減させるための活動推進です。さらに不正はすぐに経営層への報告と適切な対応がなされるように、風通しの良い職場づくりも実施しています。
持続可能な社会への貢献に向けた取り組みを報告する冊子「花王サスティナビリティ データブック」では、「法令や倫理を遵守した“よきモノづくり”をさらに徹底する」という決意が表明されており、インテグリティを重要視している姿勢が伺えます。
参考:花王サスティナビリティ データブック|花王株式会社
指針となるインテグリティ規程を定める|メルセデス・ベンツ・グループ
メルセデス・ベンツ・グループ(旧ダイムラー・グループ)が業務活動の中心となる価値観として定めているのは、インテグリティです。企業理念や行動規範、倫理的な行動のための指針をまとめた「私たちのインテグリティ規程」が定められ、全世界の従業員に適用されています。
同社では「社会的責任を果たしていくことが長期的な成功につながる」という考えのもと、全従業員が誠実な振る舞いと正しい決定を下すことを「インテグリティ規程」で後押ししています。従業員一人ひとりによる規則の実践が、企業全体としてのインテグリティ実践につながっているのです。
参考:私たちのインテグリティ規程|ダイムラー・グループ
「誠実な企業」賞・最優秀賞に輝く|伊藤忠商事株式会社
伊藤忠商事株式会社では、創業以来150年以上にわたって「先見性」「誠実」「多様性」「情熱」「挑戦」の5つを「ITOCHU Values(価値観)」として掲げています。一人ひとりがこれに基づいて行動することが、企業の発展につながるとされ、従業員が自らの行動を毎日確認できるよう、行動基準として「5 self-tests(5つの質問)」が示されています。
こうした取り組みや、従業員一人ひとりが社会的課題の解決への貢献を目指している点、積極的な情報開示を行っている点などが評価され、2015年にはインテグリティを意識した誠実な企業経営を推進・応援する「『誠実な企業』賞2015 - Integrity Award –」の最優秀賞を受賞しました。
参考:伊藤忠グループ企業理念 & 企業行動基準|伊藤忠商事株式会社
参考:「誠実な企業」賞2015 -Integrity Award-にて最優秀賞を受賞|伊藤忠商事株式会社
経営トップが率先してコンプライアンスを最重要課題に|東レ株式会社
東レ株式会社では「わたしたちは新しい価値の創造を通じて社会に貢献します」という企業理念が定められており、「社会への貢献を実現するためにはステークホルダーからの信頼を得ることが必要である」と考えられています。そのためには「法令を遵守し、誠実に行動することが欠かせない」として、経営トップが自ら率先してコンプライアンスを最重要課題として取り組んでいるのも特徴の1つです。
また、「倫理・コンプライアンス行動規範」を周知徹底したり、社内だけでなくサプライヤーに対しても倫理・コンプライアンスの推進を求めるなど、さまざまな取り組みが行われています。こうした取り組みが評価され、同社は「『誠実な企業』賞2015 - Integrity Award –」の優秀賞を受賞しました。
参考:倫理とコンプライアンス|TORAY
参考:「誠実な企業」賞2015-Integrity Award-優秀賞の受賞について|TORAY
企業の発展のためにもインテグリティを高めよう
安定した企業経営を長く続けていくためには、事業活動に対する誠実さが欠かせません。社内全体にインテグリティを浸透させるには、企業のトップや管理職、リーダーが率先してインテグリティを意識した行動を取り、評価制度や社内研修においてもインテグリティを取り入れるとよいでしょう。
また、企業の誠実さは顧客や取引先に対してだけでなく、従業員に対しても必要です。インテグリティを高めていくことは、公正で風通しの良い職場づくりにもつながります。
息の長い企業経営と働きやすい職場づくりのためにも、インテグリティを意識した組織マネジメントに取り組みましょう。
