企業にとって経営発展を目指すためには、労働者のメンタルヘルス・健康管理は重要課題のひとつです。心身ともに健やかな状態で業務に就くことで、最大限のパフォーマンスを発揮できる可能性が広がります。
人間の健康は、日々の生活習慣の積み重ねによる影響が大きく、日頃から細やかな配慮やちょっとした変化を見逃さないことが大切です。病気になってからではなく、病気になる前の心がけが重要なポイントになるといえるでしょう。
近年では、深刻な人材不足も影響し、企業における福利厚生をはじめ健康管理のあり方が大きく変わりつつあります。企業の規模に応じ、産業医を置くことが法的に定められているとともに、産業保健師の需要も高まっています。
今回は、産業保健師を導入することでどんなメリットがあるのか、具体的な導入事例もあわせてご紹介していきます。

産業医と産業保健師とは?
企業における社員の健康管理に重要な役割を担うのが産業医と産業保健師です。ここではまず、保健師の概要をはじめ、産業医と産業保健師について解説します。
保健師とは?産業保健師とは?
保健師とは、医師や看護師とは異なる資格であり、保健師助産師看護師法で定められた資格職です。指定の大学や養成校にて学び、保健師国家試験に合格してはじめて認められます。
2001年までは「保健婦」「保健士」との名称でしたが、法改正に伴い2002年より「保健師」と名称変更しています。
さらに保健師免許を取得するには、保健師国家試験・看護師国家試験ともに合格しなければなりません。多くの場合、看護師の教育を受けるなかであわせて保健師の教育も受けるカリキュラムが設けられています。
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保健師国家試験受験資格認定について
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保健師助産師看護師法
保健師には、勤務場所や仕事内容によって大きく3つの種類に分けられます。
・産業保健師:民間企業において産業医などと連携しながら社員の健康管理に努める
・行政保健師:市区町村の公的機関や保健所など、公務員の立場で働く
・学校保健師:養護教諭として、校内の教職員および生徒の健康管理に努める
保健師の資格を有し、企業内で保健師として働く場合「産業保健師」と呼ばれます。
産業医と産業保健師が必要とされる背景
産業医・産業保健師が必要とされる背景には、労働者の健全な職場環境を整えることが、結果として企業に利益をもたらすことにつながると考えられているためです。労働者が良好な健康状態で働くことで生産性向上につながるのはもちろん、人材の流出を防ぐことも期待されています。
公益社団法人「産業医学振興財団」によれば、産業保健の主な目的には、以下の3つがあるとされます。
・労働者の健康と作業能力の維持と増進
・安全と健康をもたらすように作業環境と作業の改善
・作業における健康と安全を支援し、そのことによって、よい社会的雰囲気づくりと円滑な作業行動を促進し、そして事業の生産性を高める方向に、作業組織と作業文化を発展させること
引用元:
公益社団法人 産業医学振興財団
労働者の健康を予防・維持することは、労働者・企業の双方に有益となる活動だといえるでしょう。
法的に義務づけられた産業医の職務には、主に健康管理、作業管理、作業環境管理、労働衛生教育、総括管理の5つがあります。例えば健康診断や職場巡視・安全衛生委員会への参画なども含まれます。一般的な医師の業務とは異なり、さまざまな健康管理業務に目を配る必要があります。
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産業医の職務
産業医の役割
産業医は、労働者の健康管理を適切に行うためには医学の専門的知識が必要との観点から、企業に選任を義務図けられているものです。労働者が50人以上3,000人以下の事業場については1名以上の産業医を選任する義務があるなど、事業場の労働者数や業務内容によってそれぞれ定められています。
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産業医とは
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産業医の選任とは|選ぶ前に知っておきたいポイントを徹底解説
産業医の役割は、健康診断や面接指導といった基本的な健康管理をはじめ、各種健康相談・労働衛生教育にまつわる指導・助言などを行ないます。また、労働者に健康障害があった場合にはその原因を調査し、再発の防止について適切な措置をとることが求められます。
産業保健師の役割
産業保健師は、民間企業で働く労働者の健康を維持・改善・促進に尽力し、健全な職場づくりに努める役割を担います。心身ともに良好な環境で働くことができるよう、健康相談・面談などを行ない、適切な労働環境へ改善するよう活動します。
そもそも産業保健師は産業医のように、法的に選任が義務づけられているわけではありません。産業保健師だけではなく産業医などと連携をしながら公正・中立な立場で労働者の健康管理に努めます。
産業保健師の役割は、健康に働いていた人が心身の病気などにかからないよう予防・守ることです。将来的に健康を維持しながら継続して仕事に邁進できるようにサポートするような立場です。
一方で、看護師は病気やけがをした人に対して適切な処置を行う役割があります。産業保健師は看護師の資格を持ちつつも、保健師として健康予防に対する業務に従事することが求められます。
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一般社団法人日本産業保健師会 倫理要領
産業保健師導入のメリット
産業保健師を新たに導入することで、どのようなメリットがあるのでしょうか?
衛生環境づくり
産業保健師がいることで、企業内の衛生環境づくりに役立ちます。これまでの職場環境の見直しを図り、改善すべき内容をもとに産業医と連携しながら改善・維持に導いてくれるでしょう。
そもそも産業医は企業にとって、労働者数などに応じて選任義務がありますが、面接指導などの業務が優先される場合があります。職場環境に関する細やかなフォロー・相談業務などを産業保健師が担当することで、企業内の健康管理が盤石なものとなることが期待できます。
予防・病気のケア
産業医の指導・助言と連携しながら、産業保健師が健康予防や病気のケアを行うことでより一層の健康管理体制が構築されます。産業医とあわせて産業保健師も選任・導入することで、それぞれの担当業務が明確になり、助言・アドバイスだけに終始することなくその改善・維持にまで発展させることができます。
労働者数が多い場合などは特に、産業医の業務が煩雑化してケアまでできていなかった場合もあるでしょう。産業保健師との連携で適切な健康管理ができ、産業医・産業保健師ともに業務効率化が進みます。
担当者の業務軽減
例えばこれまで産業医の助言に基づき、衛生委員会の立ち上げや運営を企業担当者が行っていた場合、産業保健師の導入によって担当者の業務負担が軽減します。産業医と担当者で行っていた連携・相談業務の仲介に入ることで、効果的な衛生委員会の運営が可能になるでしょう。
委員会の具体的な進行内容や議題例など事例を含めてアドバイスをもらうことで、企業担当者も労働者の健康管理に対して知識を養うきっかけにもなります。
企業内で産業保健師が取り組む事項
企業内において産業保健師が取り組むべきことは多岐にわたりますが、まずは「病気にならないようにすること」(一次予防)が中心になります。ここで、産業保健師の取り組み事項の主な内容について見ていきましょう。
現場における産業保健師の取り組み事項
病気やケガの治療
現場では労働者が急な病気やケガなどをする場合もあります。産業保健師として、適切な処置・治療を行います。
健康診断の実施およびデータの整理や分析
労働者の継続的な健康維持のためには、定期的に健康診断を実施することが欠かせません。全労働者数の規模にもよりますが、健康診断ひとつとっても、企画・実施計画承認・準備・実施・結果の確認・判定・今後の措置および本人への通知など、業務内容は多岐にわたります。
重要なのは、ただ実施するだけでなく、現状を把握して今後の健康改善・維持につなげることが求められます。
保健指導
健康診断で得られた結果には、労働環境が影響するものや嗜好的な問題などさまざまな要因があります。必要であれば適切な通知を行うとともに、予防の一環として労働者への集団教育を実施することも重要な対策のひとつです。
労働者の健康を改善・維持・促進のため、健康相談業務や健康にまつわる講座・社内研修の実施も行います。
個別面談
職場では、仕事内容や人間関係など、さまざまな悩みを抱えている労働者がいます。長時間労働や事情によって休職中の場合もあるでしょう。必要に応じて面接をし、現在の生活状況や病院での受診状況などを把握します。
メンタルヘルスケア対策
個別相談のなかでも、精神的な問題を抱える労働者も多いです。職場において深刻な不安やストレスを抱えている場合、産業保健師として面談するのはもちろん、メンタルヘルスケア対策として社内で研修を実施することも大切です。
過重労働対策
近年では過重労働に対する企業・労働者間でのトラブルはよく耳にする話です。長時間労働が慢性化している企業は、労働者個人の問題というよりもその職場の働き方に根本的な問題が潜んでいる場合が多いでしょう。
過重労働に対し、労働者がどのような労働環境なのかを把握し、改善策を講じることが重要です。
職場環境づくりにおける産業保健師の取り組み事項
安全衛生委員会への参加
労働安全衛生法では、一定の事業場において毎月1回以上の安全委員会・衛生委員会の実施が義務づけられています。
参考元:
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厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「安全衛生委員会を設置しましょう」
労働災害の防止のため、定期的に労働者の意見を聞く場を設け、必要な審議を行う必要があります。産業保健師も委員会に参加し、必要な審議・対策について考えていきます。
職場巡回への帯同
職場巡回では、産業医や企業の人事担当者などに帯同して産業保健師も巡回します。それぞれの職場を実際にチェックし、情報収集を行います。
2つの企業事例をもとに産業保健師導入を考える
ここで、産業保健師導入によってどういった効果があったのか、活動内容などをもとにご紹介します。現在産業保健師を導入していない企業は、ぜひ今後の参考にしてみてください。
参考元:
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日本産業ストレス学会 メンタルヘルス対策好事例集
保健師主体の組織診断説明会|オムロン株式会社(東京事業所)
約700名、平均年齢44歳(2017年時点)のオムロン(東京事業所)では、これまでの相談対応内容や2016年度のストレスチェック結果によって、「エンゲージメントの低さ」「コミュニケーション力低下」「心身の自己管理力の低下」の3つが問題にあると考えました。
そこで保健師主体で管理者向けの説明会を実施し、管理者が現状の把握をして職場環境の改善策の具体的なアクションプランを作成することができました。
参考元:
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オムロン
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保健師主体の組織診断説明会:(管理職者向け)組織診断=集団ごとの分析
「人と組織の活性化」に向けた取り組み|パナソニック東京汐留ビル 健康管理室
パナソニック東京汐留ビル健康管理室では、従業員数約40人、平均年齢43歳(2016年時点)の対象事業所にて、「人と組織の活性化」を題材に取り組みを実施しました。発端には、業務の繁忙や人員減少による職場の人間関係問題がありました。また、目標達成のためには社員の一致団結が欠かせないということもあり、環境の改善をすべく取り組みが開始しています。
実施期間は2015年11月~2016年3月。2カ月に1回の「人と組織の健康度調査」を実施し、翌月に研修およびフィードバック・グループワークを実施しました。結果として、チーム力の強化をはじめ、労働者の主体性や自己効力感を引き出すきっかけになったと評価されています。
参考元:
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「人と組織の活性化」に向けた取り組み
まとめ
企業において、労働者の健康を守ることは非常に重要な課題です。というのも、昨今では多くの企業で深刻な人材不足に陥っています。人材の確保が難しくなっているのが現状であり、現在の人材の流出を防ぐためには、労働者が安心して仕事に集中できる環境を整える必要があると想定されます。
安心・安全に働ける職場環境の提供によって、従業員満足度のアップにつながり、ひいては生産性向上・業務効率化への近道となるでしょう。
