人手不足が加速し、優秀な人材を採用できないだけでなく企業の運営に必要な労働力の確保もむずかしくなっている企業が増えています。
そもそも人手不足にはどのような社会背景があり、企業や従業員にどのような影響があるのでしょうか。この記事では人手不足が深刻な業界にも触れ、企業がとるべき対策も解説します。

日本の労働力を取り巻く社会的背景
日本の人材不足の現状をお伝えする前に、その背景にある日本の労働力に関する実情はどのようになっているのか詳しくみていきましょう。
人口が減り高齢者の割当が増えている
出典:総務省
総務省が発表した「我が国の高齢化推移と将来推計」のデータをもとに解説します。日本の人口は2010年の約1億2000万人をピークに減少し続けており、2050年には1億人を割ると推計されています。
高齢化率も見過ごせず、2010年には高齢化率は23%でしたが2060年には、ほぼ倍の39.9%になると考えられており、日本の人口減少と高齢化はますます深刻になると考えられます。
労働人口は右肩下がり
出典:みずほ総合研究所
労働力人口と呼ばれる15歳〜64歳の人口も、人口減少と高齢化に比例して右肩下がりを続けています。2016年の労働人口は6648万人で労働力率は60%、何も対策をしなければ2060年には労働力率は49.9%まで減少すると推計されています。
2060年に現在と同程度の労働力率を維持するためには、就労希望者を採用し、女性の労働力率を男性と同程度まで上げるなどの対策が必要です。そのために、病気の治療育児・介護などと仕事の両立ができる労働環境が求められています。
売り手市場で企業は採用が難しくなっている
出典:厚生労働省
厚生労働省の有効求人倍率推移のデータを確認すると2019年までは約1.6倍で、企業が人を採用しづらい状況でした。2020年以降は新型コロナウイルスの影響もあり有効求人倍率は約1.1倍まで下がっていますが1倍を下回ることはなく、このような状況でも人手が不足していることがわかります。
また、以前と比べ企業の求人に人が集まりやすくなったとはいえ、求職者は自分のスキルや経験にあった仕事を選ぶ傾向にあります。そのため自社の求人に応募があるとは限りません。データ上は人が集まりやすくなったように見えますが、実際には限られた人材を他の企業と奪い合うような状況なのです。
特に中小企業では求人を出しても思うように人が集まらず、深刻な人材不足に陥ってしまうケースもめずらしくありません。
人手不足の現状
求人を出しても応募がなかったり、応募者のスキルが採用基準に満たないケースが増えています。
では人手不足は具体的にどのような状況で、転職市場はどのような動きをしているのでしょうか。データをもとに確認していきましょう。
大企業も中小企業も人手不足感が強まっている
厚生労働省の雇用人員判断DIをみると、企業の人手不足感は年々強まっています。特に中小企業の人手不足感は深刻で、2019年度の調査結果を比較すると大企業に比べて10ポイント以上人手不足感が強いことがわかります。
また、企業のブランド力がある大企業も2019年の人手不足感は-23%であり、人手不足だと感じているのも見逃せません。
出典:我が国を取り巻く人手不足等の現状-人手不足の現状-
中小企業から大企業への転職者が増加
前述のとおり大企業も中小企業も人手不足感が強まっており、人材確保競争はより激しくなるでしょう。しかし、そんななかでも安定した大企業に就職したいと考えている人が増えています。
出典:中小企業庁
中小企業の立場で考えると、大手企業が人気の日本では待遇がよく認知度の高い大企業への就職を希望する人が多くいます。大企業が採用活動に力を入れる昨今、認知度が低く採用活動に十分な予算をとれない中小企業が人手不足が深刻になるのは想像に難くないでしょう。
定着率が低い企業は人手不足が慢性化している
せっかく採用ができたとしても従業員の定着率を上げなければ、また1から採用して人材を育てなければなりません。このような状態では既存社員に常に教育や新規業務の負荷がかかり、不満が溜まり働きやすい環境を求めて退職してしまうリスクも否定できません。
採用に力を入れることはもちろん、従業員の定着率をあげる取り組みも並行して行なう必要があるのです。
人手不足が起こる理由
人手不足になる理由は大きく「採用がうまくいっていない」「採用した人材が定着しない」の2つに分けられます。
新規採用の難易度があがっている
少子高齢化で労働人口が減少し売り手市場が続く労働市場では、即戦力となる人材の採用がむずかしくなっています。
中小企業省によると労働力となる生産年齢人口(15〜64歳)は2015年に約7700万人に対し、2045年には約5600万人にまで減少すると推計されています。5年刻みでみると約300万人ずつ生産年齢人口が減少する計算になり、決して少ない数字ではありません。
人材定着がうまくいっていない
2つ目の問題は人が定着しない問題です。
人材の採用がむずかしくなっている中、新規案件を受注した場合、既存の従業員が対応します。業務量に合わせて給与など待遇の見直しがされても、残業が増えれば育児や介護などの役割も担う従業員はワークライフバランスが取れなくなり退職を選ばざるを得ません。その結果、中小企業よりも人材や待遇に余裕がある大企業へ転職する人が増えています。
中小企業庁のデータによると、2016年度と2017年度の大企業から中小企業へ転職した人を比較すると約130万人→約131万人に対し、中小企業から大企業へ転職した人は約97万人→107万人という結果に。つまり中小企業はただでさえ採用がむずかしいのに、大企業に人材を取られてしまっているといえるでしょう。
人手不足による企業への影響
企業が計画通りに労働力を確保できなければ、業績だけでなく事業継続にも影響が及び最近では人手不足による倒産も発生しています。
ここでは人手不足による企業への影響を把握しましょう。
事業継続ができなくなる
近年、人手不足倒産が増加しています。人手不足倒産の理由は「後継者難」「従業員の退職」「求人難」「人件費高騰」があげられます。受注があるのに従業員がいないため仕事がまわらなくなり、その結果倒産してしまうのです。
また、新規事業や社内教育など優先事項ではないけれど重要な仕事に割くリソースがないため、将来への種まきができなくなります。
その結果、企業の競争力が弱まり、事業継続が困難になることが考えられるのです。
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技術・ノウハウの伝承の困難化
技術職などでは表面的なマニュアルでは引き継ぐことができない熟練技術や暗黙知が存在します。安定的に事業を行うには、目に見えない技術・知識を上の世代が下の世代に伝承する必要があるのです。
しかし社内に人がいなければ企業の人材育成やノウハウ蓄積が進まないばかりか、伝承する人も育たず事業継続に影響を与えます。
既存事業の新規受注ができない
人手不足は建設業、飲食業、小売業、介護福祉業などで深刻になっており、全国的に仕事があるのにもかかわらず人材不足のため依頼を断っているケースも少なくありません。
人手不足による従業員への影響
人手不足で影響を受けるのは企業だけではなく、従業員にも及びます。ここからは従業員がうける影響について解説します。
労働時間の増加
人手不足の企業では残業が慢性化しているケースが多くあります。従業員1人あたりが所定労働時間内にできる業務には限りがあり、それを超える分は残業で補うしかありません。
残業が慢性化すれば従業員の疲労は蓄積し、パフォーマンスが落ち、さらに残業が増えてしまうことも。人手不足が続くとこのような負のループに陥ることがあるため、早めの対処が必要です。
従業員の働き方や意欲低下が起こる
人手が足りず従業員1人あたりの業務量が増えている状況では、従業員の身体的・精神的なストレスが大きくなっています。
日々こなさなければならない業務を淡々と行なう状況では、クリエイティブな仕事ができず従業員のストレスも増加。「何のために仕事をしているのか」などの疑問を持ち働く意欲も低下しやすくなります。
特に人手不足に悩まされる5つの業種・業界
業界や職種によっては景気で人手不足が解消されることもありますが、慢性的に深刻な人手不足に陥っている業種・業界も存在します。代表的な例は以下の5つです。
1.建設、建築業界
2.運送、流通業界
3.介護、福祉業界
4.IT業界
5.サービス業、飲食業
それぞれの理由をくわしくみていきましょう。
1.建設・建築業界
建設、建築業界では現場で作業する職人と管理をする施行管理監督者の両方が不足しています。
原因はこれまで就業していた人材が就業可能な年齢を超えたこと、業界が3K(きつい、汚い、危険)というマイナスイメージが大きく若手が就職してこないことだと考えられています。また大きな災害やオリンピック関連の特別な需要もあり、慢性的な人手不足に陥っているのです。
2.運送・流通業界
前述の建設・建築業界と同じく、運送・流通業界もきつい労働環境のため人材確保がむずかしいことに加え、近年はECサイトで買い物をする人が増え需要が急増。
2020年以降は新型コロナウィルスの影響でさらに運送・流通業界の需要が拡大しており、総数に対して人手が足りなくなるのではと懸念されています。
3.介護・福祉業界
介護・福祉業界は少子高齢化のため、利用者は増える一方で専門的なスキルを提供する人材が圧倒的に不足。
建設や運送業界と同じく肉体労働で仕事が大変なこともネックでありながら、業界全体の給与水準も他の職種と比べると低く、慢性的な人手不足に陥っています。
4.IT業界
IT業界では市場が年々拡大しているため、人材不足が深刻になっています。2030年には最大79万人のIT人材が不足するという予測もあります。
また、IT業界は「きつい」「厳しい」「帰れない」という新3Kのイメージが根付き、新しくIT業界に挑戦する人を躊躇させていることも人手不足の原因の1つになっています。
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5.サービス業・飲食業
サービス業・飲食業は「土日出勤」「シフト制」「給与が他の職種と比べて低い」などの事情があり離職率が高く、慢性的に人手不足の企業が多いです。
サービス業といってもさまざまな企業がありますが、たとえばアパレルを例にあげてみましょう。華やかなイメージから人材の確保はできるものの、実際に働いてみると労働時間に給与が見合っていないなど、仕事の楽しさよりもつらさが勝ってしまい離職につながっていることが多いようです。
今後はリテンションマネジメントが重要視される
ここまでは企業の人手不足は深刻で、人材の採用と定着率をあげるために対策をしなければならないことをお伝えしてきました。
人手不足が叫ばれる現在の日本において、既存従業員に長く働いてもらうことは企業の安定的な成長につながります。このような流れから「リテンションマネジメント」に注目が集まっています。
リテンションマネジメントとは?
リテンションマネジメント
とは「リテンション(retention)=維持・引き留め」と「マネジメント(management)」を組み合わせた造語で、人材定着や従業員活躍のための管理手法です。既存従業員が長く働き続けられるようにするためのヒントとなる考え方です。
海外や一部の専門家はリテンションマネジメントを「優秀でハイスキルな人材を定着させる方法」と定義していますが、日本ではハイスキルな人材かどうかに関わらず既存従業員が全員長く働き続けられる方法として注目を集めています。
リテンションマネジメントの具体的な施策として「労働環境の改善」や「福利厚生制度の充実」などがあげられます。働き方改革が叫ばれるいま、さらにリテンションマネジメントの重要性は増していくでしょう。
人手不足の中で、やめない職場づくりが重要
深刻な人手不足の中で、自社にあうスキルを持った人材を採用するのは簡単ではありません。
従業員がやめてしまうことで、採用や教育にかかるコストの増加、スキルの流出、職場のモチベーション低下などさまざまなマイナスの影響が考えられます。変化の早いいまの日本で、人材が入れ替わることによる生産性低下も企業にとっては大きなリスクだといえます。
企業の持続的な成長や組織力向上のためにも、適切にリテンションマネジメントを取り入れ既存従業員の定着を図ることが大切です。
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