働き方が多様化する現代では、福利厚生の内容も変化しています。働き手のニーズを捉えた福利厚生は、企業の採用力強化や従業員の雇用定着につながります。
今回は、福利厚生の種類といった基礎知識から、最新の福利厚生のトレンドを紹介するとともに、福利厚生を見直すうえでのポイントについて解説します。

福利厚生とは?
福利厚生とは、賃金とは別に企業が従業員に対して提供するさまざまな取り組みをいいます。具体的には、健康保険などの法律で企業に義務付けられたものと、育児関連補助など企業が独自に設定できるものにわけられます。
企業が働き手のニーズに沿った福利厚生制度を整えることは、従業員のキャリアやプライベートを充実させ、従業員満足度の向上やエンゲージメントの向上につながります。
福利厚生の種類
福利厚生には、法律で義務付けられている「法定福利厚生」と、企業が独自に設定できる「法定外福利厚生」があります。
法定福利厚生
法定福利厚生とは、法律で企業に義務付けられた福利厚生です。全部で6種類あり、法令に従い企業が必ず設定しなければなりません。
1. 健康保険料:企業と従業員で折半
2. 介護保険料:企業と従業員で折半(※対象者は40歳以上)
3. 厚生年金保険料:企業と従業員で折半
4. 雇用保険料:企業負担分/2分の3、従業員負担分/3分の1
5. 労災保険料:企業側が全額負担
6. 子ども・子育て拠出金:企業側が全額負担
怪我や病気などで医療機関を受診する際に、その医療費の一部を国や自治体が補助する「健康保険」や、40歳以上が被保険者となり将来介護サービスを利用する際に少ない自己負担で利用ができる「介護保険」、保険料を納付し高齢者になってから年金を受給する「厚生年金保険」など、法定福利厚生のほとんどが保険に関するものです。種類によって、企業が従業員と保険料を折半するものや、全額負担するものがあります。
近年では、介護保険料や厚生年金保険料などの値上がりを受け、従業員一人あたりの法定福利費は増加傾向にあります。2009年度には71,480円だった法定福利費は、2019年度には84,392円と、10年間に18%上昇しました。
参考:P14
第64回福利厚生費調査結果報告
|日本経済団体連合会
法定外福利厚生
法定外福利厚生とは、企業が独自に設定できる福利厚生制度をいいます。そのため企業によってさまざまな制度・施策があり、以下のような種類に分けられます。
- 住宅関連
- 健康・医療
- 慶弔・災害
- 財形形成
- 育児介護支援
- 休暇
- 自己啓発・能力開発
- 文化・レクリエーション
- 職場環境
- 交通費
従業員一人当たりの法定外福利厚生費で、一番大きい割合を占めるのは社宅や住宅手当等の「住宅関連」の費用です。次に健康診断や人間ドッグの補助、メンタルヘルスサポートという「医療・健康」があります。
ただし、住宅関連の福利厚生費がバブル崩壊後は減少に転じ横這いの状態にあるのに対して、医療・健康関連の費用は増加しています。
そのほかの傾向としては、育児関連の補助の上昇があります。また、同じ「文化・レクリエーション」の種類でも、保養所の運営等に関する費用は低下しているのに対し、ランチ会補助といった活動自体への補助は増加するといった変化が見られます。
参考:P17
第64回福利厚生費調査結果報告
|日本経済団体連合会
福利厚生のトレンドの変化にある「多様化」
福利厚生の内容は、企業の経営状況はもちろん、制度を利用する働き手のニーズに影響を受けます。「生活の質をサポートする」といったとき、その「質」が示す内容が変われば、新たな施策や制度が生まれます。
たとえば、過去には保養所で観光することが生活の向上につながる時代がありました。しかし現代では、ハコモノへの福利厚生費の投資は減少し、代わりに健康を促進するヘルスケアサポートやキャリアアップのための支援が増えています。ほかにもフルフレックスやテレワークなどの新しい勤務体系など、近年の福利厚生トレンドの背景にあるのは、「多様化」というキーワードです。
①働く人の多様化
働き手における非正規社員の割合と、女性の割合は年々変化しています。
たとえば、男性の労働者における非正規社員の割合は、平成2年の8.8%から令和2年の22.2%に増加しています。女性全体でも38.1%から54.4%と大きく非正規社員が増加したことがわかります。
参考:
I-2-7図 年齢階級別非正規雇用労働者の割合の推移
|男女共同参画局
また女性の年齢階級別労働力の割合では、20代〜40代とこれまで結婚や出産で仕事から離れていた年代の労働力割合が増加しました。2000年では57.1%と約半数強だった30代前半の就業する女性の割合が、20年後は80%近くに増加しています。
参考:I-2-4図 女性の年齢階級別労働力率の推移|男女共同参画局
企業が雇用する「働き手」の多様化は、福利厚生の内容に大きく影響します。働く女性が増加すれば、これまで女性が多く担ってきた育児・介護・家事への労力を別の何かで補わなけらばなりません。法定基準を上回る会社独自の育児休業制度や介護休業制度は、こうした働き手の変化をサポートします。
また、非正規社員が増加すれば、福利厚生制度における正社員とのバランスを踏まえた制度設計が求められます。同一労働同一賃金では、非正規社員と正社員の間に不合理な待遇差を設けることは禁じられています。社員食堂や交通費・食事手当、教育研修機会の提供など、さまざまな面で見直しが求められます。
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②働き方の多様化
「働き方」の多様化も、福利厚生に大きな影響を与えています。近年でいえば、新型コロナウイルス感染症の拡大によりテレワークが急速に広がりました。その結果、従来の交通費の内容を見直し、新たに「テレワーク手当」を設置した企業もあります。
また、多様化する働き方を支える制度だけではなく、柔軟な働き方を生み出すのも、企業独自の福利厚生です。たとえば、
株式会社サイボウズ
では育児や介護だけではなく、副業や勉強といった個人の事情にあわせて、勤務時間や場所を自由に決められる「働き方宣言制度」を導入しています。
時短勤務制度の充実、在宅勤務・テレワークの導入整備、ノー残業デーやフレックスタイムといった制度は、働き方の多様化を受けて生まれたものといえるでしょう。
③価値観の多様化
そして最後に挙げられるのが、仕事に対する価値観の多様化です。
これまでの日本社会に根強かった、一つの会社で生涯働き通すという考え方はだんだんと薄れています。副業・パラレルキャリアという言葉に代表されるように、複数の分野で仕事を掛け持つという働き方も広まっています。家庭や趣味とのバランスがとれるように、ワークライフバランスを重視する人もいます。
2020年度に株式会社OKANが行った『従業員が求める福利厚生ランキング』では、1位が「特別休暇」、2位が「慶弔支援」、3位が「ファミリーサポート」となりました。家族やプライベートを重視する世間の流れを受け、企業の福利厚生の内容も変化しています。
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時代に合わせた福利厚生へ見直す5つのメリット
時代と共に変化する働き手のニーズにあわせ福利厚生を見直すことは、従業員満足度を高めたり、生産性を向上させたりするメリットがあります。企業は、福利厚生として従業員に提供するサポートを通じて、人材採用・人材活用という目的を達成することができるのです。
以下に、福利厚生を見直すメリットを見てみましょう。
1.従業員満足度の向上
福利厚生を見直すことは、働きやすい職場環境を整えることにつながります。たとえば、柔軟な勤務体制を導入したり、各種手当を現状を踏まえ変更したりすれば、従業員が抱く「不満」が解消されるでしょう。
職場環境が居心地よく、理想のスタイルに適した働き方であれば、従業員満足度が向上します。これにより従業員の企業への安心感が増加し、離職する可能性を減らせるでしょう。
2.生産性の向上
従業員のニーズに配慮した福利厚生は、「会社が自分たちを見てくれている」という信頼を生み出します。
アニバーサリー休暇などの特別休暇や従業員が利用できる育児サービスなど、生活の質をサポートする福利厚生は、従業員が「尊重されている」と感じるきっかけになります。また、スキルアップのためのセミナー参加補助、資格取得の補助金などは、ダイレクトに従業員の能力を向上させ、その結果生産性向上につながります。
従業員のモチベーションを維持する福利厚生が、企業の生産性を高めるのです。
3.採用力の向上
福利厚生は、採用において求職者が重視するポイントの一つです。「転職でのスキルアップ」や「転職でキャリアチェンジ」の間口が広がった時代とはいえ、「どれくらい長く働ける職場かどうか」を重視されている点に変わりはありません。
男性育休取得率を向上させる制度や、法律で定められた基準を上回る育休・介護休業の設置は、ライフステージが変化しても働きやすい環境であることをアピールできるでしょう。
また採用したい人材を見据え、福利厚生制度を設計することも採用力向上につながります。たとえばエンジニア採用に力をいれる場合には、常に情報吸収と学習が求められる職種という点を考慮し、書籍購入をサポートしたりハイスペックの端末をそろえたりするなど、エンジニアのスキルアップを支援するような制度を導入しましょう。
4.企業の社会的信頼性の向上
福利厚生は、企業が福利厚生費として負担するものです。すなわち、福利厚生が充実しているということは、経営基盤が安定していることの証明にもなります。また、経営スタンスとして人材を重視する企業というメッセージにもなるでしょう。
5.従業員の心身健康の維持
近年は「健康経営」がトレンドにあがっています。これは、病気を予防し健康を促進するような取り組みや、メンタルヘルスサポートを充実させ、従業員の心身の健康を維持することで会社の生産性向上につなげようという経営戦略の一つです。
定期的な健康診断、会社のサポートによる人間ドッグは従業員の健康を守ります。さらに不調を訴えた場合に備え産業医との連携を強化したり、休職から復職への制度を整えたりすれば、不調により会社を去る従業員を減らすことができるでしょう。
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福利厚生の見直し方のポイント
福利厚生を見直す際は、予算・費用対効果・従業員満足度といった観点から検討を行います。対象となる従業員が利用できているかどうか、逆に一部の従業員の利用を制限していないかという視点も重要です。
従業員の利用率
せっかく制度があるのに使われていない、そんな福利厚生がないか見直してみましょう。保養所や食堂といった施設関係は、老朽化により利用者が少なくなる可能性が考えられます。前述のように、働き手のニーズが変化し利用されなくなることも十分にあり得ます。
このように利用率の低い制度がある場合は、次に「なぜ利用率が低いのか」という理由を分析します。ニーズ以外に利用率が低い理由があるかもしれません。改善ポイントが見つかれば、それに合わせて制度内容の見直し・廃止を検討できるでしょう。
使いにくい要因がないか
ニーズがあるにも関わらず、使われていない福利厚生は、周知の仕方や制度設計に問題があるかもしれません。たとえば、在宅勤務制度を導入しても、移行する上で事前の申請手続きが煩雑であったり、申請条件が厳しかったりする場合には、「したくてもできない」ケースが生まれてしまいます。せっかくの介護休業制度があっても、社内で定期的な発信が行われなければ、制度そのものを知らない人もいます。
使われていない=ニーズがないと短絡的に結び付けるのではなく、使われない要因を探すことも重要です。
コストがかかりすぎていないか
費用対効果が見合わない福利厚生も、見直しの対象となります。福利厚生の内容を充実させようとすると、当然費用が発生します。導入や運用のための労力も必要です。法定福利厚生費の増加にあわせ、福利厚生費全体が膨らんでは企業の経営を圧迫してしまいます。内容の充実とコストのバランスが求められます。
従業員の満足度
福利厚生の内容に対して、従業員の満足度が低い場合も見直しの対象となります。たとえば、スキルアップの研修を導入しても、従業員の求める内容がズレていては意味がありません。
また、「利用したいけれど制度上利用できない」従業員がいれば、福利厚生への満足度は下がります。近年、アニバーサリー休暇等で対象とする「配偶者」の定義を、同性にまで広げる企業が登場したのは、こうした従業員満足度に考慮した結果といえるでしょう。
新たな福利厚生を導入する際の注意点
新しい福利厚生を導入する際は、以下の点に注意しましょう。
導入コスト
導入にあたってのコストを計算します。このとき、企業としての「予算」および従業員の「ニーズ」の双方を把握することが重要です。予算やニーズがあいまいなまま検討を進めると、導入前に頓挫したりせっかく整えた制度が無駄になったりする可能性があります。
従業員のニーズを把握することで、企業として適切な予算配分を検討できるようになります。
管理の手間
新しい福利厚生制度を導入した場合、申請手続きや利用機関とのやり取りなど、管理負担が発生します。あまりにも管理負担が大きくなると、人事部の業務に影響を与えてしまいます。
福利厚生を充実させたいけれど、管理まで人手が回らないという場合は、福利厚生のアウトソーシングを検討してみるのもいいでしょう。
廃止する際の手間
見直しの結果、既存の福利厚生制度を廃止する場合、従業員への不利益変更に該当する可能性に注意しなければなりません。不利益変更とは、賃金や労働時間といった労働条件に関する内容を、従業員に不利なように変更することです。この場合、個別に就業規則を変更するといった対応が求められます。
たとえば、フルフレックスを導入した結果、従来の「みなし残業」を用いた賃金よりも、賃金額が少なくなるケースがあります。こうした際は、事前の入念な説明のあと労働協約や就業規則の締結が必要です。
従業員のニーズを把握し定期的な福利厚生の見直しを行おう
求められる福利厚生は、働き手のニーズに合わせて変化します。企業独自の福利厚生の制度設計・運用には、こうしたニーズにあわせた柔軟な対応が求められます。従業員アンケートを用いて、従業員のニーズを的確に把握しておきましょう。見直しの際は、定量的なデータをもとに経営層に訴えることも重要です。
定期的な福利厚生の見直しは、従業員の満足度を高めます。それにより、企業イメージの向上や生産性向上につながるでしょう。
